イラクサ入りの「コサック・ボルシチ」
ウクライナのボルシチは2022年、ユネスコの無形文化遺産に登録された。ロシアがウクライナの民族、歴史、文化の抹消を目的とする全面戦争の真っ只中に下されたという点で、その決定には特別な意味がある。
伝統料理であるボルシチには多くの種類があり、その1つがイラクサを入れたコサック・ボルシチだ。その発祥の地は、現在は一時的被占領下にある東部マリウポリ地区マンフシュ共同体のスタロドゥビウカ村である。ボルシチのレシピは、この地域の食文化の不可欠な一部であり続けており、避難民や伝統継承者たちの努力によって生き続けている。
執筆者:オレーナ・コルフシェヴァ(ドネツィク州)

コサックのナラの木がある村
スタロドゥビウカ村は1830年、ドナウ・コサックたちによって開かれた。1831〜1864年には、アゾフ・コサック軍のスタロドゥビウカ・スタニーツャ(編集注:コサックの集落)が置かれていた。
マンフシュ公共図書館長のイリーナ・サルベイ氏は、「ザポロッジャ・シーチが破壊された後、コサックたちは最初ドナウ川の向こうに避難したが、その後故郷の土地に戻ってきて、カラティシュ川のほとり、アゾフ海沿いのステップに定住した。彼らが祖先の伝統と文化を守り続けたのだ」と語る。

同氏は、ある民族誌調査でスタロドゥビウカの住民の伝統、伝承、生活様式を調査した時のことを回顧する。当時、ある古老が、105歳まで生きた自身の祖母から聞いた話を共有してくれたという。その祖母の話によると、ザポロッジャ・シーチに生えていたナラ(オーク)の木のドングリを、コサックたちが最初にドナウ川の向こうへと持ち込み、そのドングリがスタロドゥビウカ村にたどり着いた。そしてこの村に3本のナラの木が育ち、そのうちの2本はかつて農場建設のために伐採されたのだという。残った1本の木は現在も育っており、「コサックのナラ」と呼ばれている。
サルベイ氏は、「1920年まで村はカラティシュと呼ばれていた。もしかしたらこのコサックのナラにちなんで村が『スタロドゥビウカ』(編集注:古いナラの村の意)と名付けられたのかもしれない」と指摘する。
伝承によれば、この料理を1杯食べるごとに健康になる
サルベイ氏によると、スタロドゥビウカでは主にウクライナ料理が作られており、その中のお気に入りの1つが「イラクサ入りボルシチ」だったという。春から7月11日まで調理されていたが、それは言い伝えにより、この時期のイラクサに治癒効果があるとされているからだ。
イラクサ入りコサック・ボルシチの調理には、ウズラ、野ガモ、または家で飼われた鶏といった鳥肉が選ばれる。細かく切ってフライパンで炒め、大釜や鍋に入れて冷水を注ぎ、コクのある美味しいスープを作る。そこに刻んだジャガイモとタマネギを加える。

サルベイ氏は、「ボルシチをよりお腹にたまるものにするために、スープにはジャガイモを丸々入れ、茹で上がってから潰す。より豊かな香りと味を出すために、ニンジンとタマネギは炒める。塩、コショウ、それからお好みでトマトを加える。そして、この治癒効果のあるボルシチの主な構成要素は、細かく刻んだイラクサの葉だ。ジャガイモがほぼ茹で上がったタイミングでイラクサを投入する。それが料理に味と効能をもたらすのだ」と語る。
同氏は、イラクサの他、スイバを加えても良いと指摘する。ボルシチに欠かせない具材は、刻んだ茹で卵だという。その後、味が馴染むようにさらに数分間火にかける。サワークリームを添えて提供する。

調査者は、古くからイラクサ入りのコサック・ボルシチの調理の伝統があったと強調する。体を健康にするためには、前述の7月11日までの期間に、この料理を12杯食べなければいけないと言われていたという。
サルベイ氏は、「言い伝えによると、このボルシチは1杯食べるごとに健康になるとされており、人々はその可能性を利用しようとしていたのだ。なぜなら、イラクサが薬用植物だからだ」と指摘する。
実際、イラクサはビタミンや有益な栄養の真の宝庫である。イラクサの化学成分には、免疫力を高めるビタミンC、腎臓や肝臓の働きを刺激するビタミンA(レチノール)、肌や髪の状態を正常化するビタミンE(トコフェロール)や、再生効果や止血効果を持つとされるビタミンDが含まれている。さらに、睡眠を改善し、神経系を強化して体の状態を正常化するビタミンB群や、視力を向上させるカロテノイドも含まれている。イラクサには、クロロフィル、亜鉛、銅、カルシウム、カリウムなど、体に不可欠な要素が集中している。

調査者によると、若いイラクサは乾燥させて保存し、秋や冬にボルシチやスープに使うこともあったという。ただし、乾燥イラクサは調理の最後に料理に加えなければならず、沸騰したらすぐに火を止めなければ、イラクサの有益な効果が失われてしまうという。
7月11日まで、イラクサ入りボルシチを調理する時間はまだある
サルベイ氏は、現在あらゆる困難がある、スタロドゥビウカ村が一時的に被占領下に置かれているにもかかわらず、イラクサ入りコサック・ボルシチのレシピは地域の食文化の不可欠な要素であり続け、伝統の継承者であるウクライナ・コサックの子孫たちのおかげで生き続けていると語る。
同氏はその際、「食の遺産であるイラクサ入りコサック・ボルシチを保存するため、私たちは戦争のせいでウクライナの様々な地域や国外に(避難して)滞在している人々の間のつながりを構築している」と述べる。
同氏は、ドネツィク州の無形文化遺産の継承者たちの間での経験共有は、オンライン会議、ラウンドテーブル、フェスティバルによって促進されていると伝える。同氏は、例として、「2024年にドニプロペトロウシク州で第7回地域若者フォーラムが開催され、各共同体からチームが参加した。私たちの若者はコサック・ボルシチの調理伝統を披露した。かつてのコサックのように鍋を火にかけて調理し、皆に振る舞ったのだ」と語る。
さらにサルベイ氏は、ワークショップでは若者たちに古いレシピに沿った料理の作り方を教えており、過去とのつながりを保ち、避難民に「故郷」の感覚を取り戻してもらうための取り組みを行っていると述べた。

サルベイ氏は、「ロシアの侵略によって故郷を追われた人々は、子供の頃から馴染みのあるこれらの料理を味わうと、目に涙を浮かべながら、まるで家に帰ってきたようだと話す。そういう感覚が非常に大切なのだ」と語る。
コサック・ボルシチに関する話の締めくくりとして、サルベイ氏は、イラクサがまだ若いうちの7月11日までに、滋養強壮のためにこのレシピでウクライナ・ボルシチを調理する時間はまだあると呼びかけた。そして、何世紀にもわたって健康と世代間の精神的な繋がりを守ってきたコサックの伝統を、ウクライナ人はこれからも必ず子孫へと伝えていくだろうと明言した。