アメリカの大陪審とウクライナの大富豪

アメリカの大陪審とウクライナの大富豪

ウクルインフォルム
ウクライナのオリガルヒ(大富豪)イーホル・コロモイシキー氏に関する米オハイオ州クリーブランド市における大陪審審理が、米国とウクライナに政治的・金融的影響をもたらそうとしている。

米国中部クリーブランドの大きな湖のそばに立つゴージャスなホテル、21階建オフィスビル、米国の市場で重要な位置を占める複数の金属工場…。これらは、かつてイーホル・コロモイシキー氏とそのパートナーであるヘンナジー・ボホリュボウ氏が所有する「プリヴァト」グループに属していた資産なのだが、もしかしたら、これらは全て「プリヴァト銀行」から持ち出された口座所有者たちの金銭で得られたものかもしれない。その秘密を、米国にてすでに1年近く行われている捜査が解き明かそうとしている。

二人の大富豪の疑わしい資産

米メディア「バズフィード・ニュース」が最近、関係者の情報をもとに、ウクライナのオリガルヒ(大富豪)であるイーホル・コロモイシキー氏が米国における不動産運用を通じて資金洗浄を行なった可能性について、クリーブランド市の大陪審の捜査対象となっているとする記事を掲載した。

記事には、「米国大陪審は、ウクライナの銀行からオフショア企業ネットワークを通じて米国へ入った資金の流れを追う捜査において、ヴォロディーミル・ゼレンシキー大統領の重要な支援者であるコロモイシキー氏の資金を分析している」と書かれている。

本件は、昨年デラウェア州裁判所へ提出された、プリヴァト銀行による元株主に対する提訴で示された疑わしい資金の動きのことである。その提訴内容によれば、2008年以降、イーホル・コロモイシキー氏とそのパートナーたちは、米国にて6億2200万米ドルの不動産を購入しており、一時期はオハイオ州クリーブランド市にて最大の商業関連不動産所有者にさえなっていたという。

コロモイシキー氏とボホリュボウ氏
コロモイシキー氏とボホリュボウ氏

その後、これらの不動産は徐々に売却されていくのだが、米国の大陪審が関心を抱いているのは、それらの購入にあてられた資金の出どころである。バズフィードは、「すでに1年以上、連邦捜査官は、コロモイシキー氏とボホリュボウ氏の所有企業を通じて、不動産購入のために米国に送り込まれた何百万ドルもの流れを調査している。その不動産の中には、クリーブランド中心地の4つの超高層ビルも含まれている。その購入は2008年頃に始まり、その後5年にわたり続いたものだ」と報じている。

当然ながら、コロモイシキー氏とパートナーたちは違法行為への関与を否定しているし、最近治安機関とやりとりはしていないと主張している。

他方で、米国の連邦捜査官たちは、真実を探るために、ウクライナを繰り返し訪れており、ルスラン・リャボシャプカ氏(当時検事総長)や、プリヴァト銀行の旧所有者たちによる銀行の資金横領の可能性を独自に捜査している国家汚職捜査局(NABU)の捜査官と面会している。彼らの捜査の結果は、遅かれ早かれ米国大陪審の机上に置かれることになり、その運命は陪審員たちが決めることになる。

大陪審とは

陪審制とは、訴訟の審理に際して、国民が陪審員として参加し評議によって決定を下す司法制度である。このメカニズムでは、陪審員は証拠をもとに独自に違法性の有無についての決定を下すことが認められる。この制度は、もともと中世イギリスで生まれたものであり、現在、英国、カナダ、スウェーデン、ベルギー、デンマーク、ノルウェー、オーストリアでも採用されているが、一般には、アメリカ合衆国とイギリスなどのコモン・ローの特徴的機構とみなされるものである。

米国では、陪審制は憲法に記載されるほどの特別な地位を持っている。そもそもアメリカ独立宣言が、イギリス国王ジョージ3世を「私たちから多くの事件において、陪審による裁判をうける利益を奪った」として断罪しているほどであり、米国民にとって陪審権の防衛は、国家独立の原因の一つであり、独立戦争の発端でさえあるものである。

現在米国では、6か月以上の禁固刑を受ける可能性のある犯罪の容疑をかけられた全ての個人が、その案件を陪審制にて審理を求める憲法上の権利を有している。個人は、その権利を行使しても良いし、捜査側と合意することで権利を行使しなくても良いが、しかしながら、この陪審制利用の権利を他者が強制的に剥奪することはできない。なお、米国における陪審は、小陪審と大陪審に分かれている。

小陪審(審理陪審)は、典型的な陪審制であり、米国の刑事訴訟の際に適用される。映画『ディアボロス/悪魔の扉』にて主演で陪審員を演じたキアヌ・リーブスが見事に説得してみせたのは、この小陪審の方である。小陪審は、訴訟における有罪・無罪を決めることに責任を負っており、6〜12名の陪審員から構成されている。

これに対して、大陪審は、個人の犯罪容疑に対して有罪・無罪を決めることはない。大陪審の陪審員は、16〜23名から構成され、審理手続きは非公開である。彼らは、捜査側が犯罪についての十分な証拠を集めており、その犯罪を起訴するか否かを決める。大陪審が証拠が十分であると判断すれば、容疑者が起訴される。そのため、大陪審は起訴陪審とも呼ばれる。

ウクライナのオリガルヒたちによる米国問題

その大陪審が現在イーホル・コロモイシキー氏の案件を分析しており、それが起訴に値するかどうかを決定するのである。なお、大陪審は、その非公開性により独立性を維持している。その独立性こそ、ウクライナの裁判機構でしばしば不足しているものだ。閉ざされた扉の向こうで陪審員たちが決定を下すまでは、プリヴァト銀行の旧所有者たちの運命はわからないままである。ただ、いずれにせよ、本件が米国とウクライナに金融面だけでなく、政治的にもインパクトを持つことは確かである。

バズフィード・ニュースは、昨年、米国のコロモイシキー氏のビジネスパートナー2名が民主党から大統領選挙に出馬見込みのジョー・バイデン前米副大統領にとって不都合な情報を探していた際に、コロモイシキー氏に連絡しており、それによりコロモイシキー氏とゼレンシキー大統領の関係がこじれたと指摘している。コロモイシキー氏は、最終的にはトランプ氏の顧問弁護士とゼレンシキー大統領の面会実現を支援することは断ったが、しかし、このスキャンダルにより大統領とオリガルヒの関係は若干損なわれることになった。そして、この事件により、ゼレンシキー氏の資金面パートナー(コロモイシキー氏)への支持が、「反バイデン連合」の利益擁護と解釈されたおそれがある。

写真:Getty Images
ジョー・バイデン氏 写真:Getty Images

これにより、問題は更に複雑となり、それでもなくても複雑に絡まっているプリヴァト銀行元所有者による資金横領疑惑問題に潜在的かつ長期的な影響を与えている。また、この疑惑は、ウクライナの治安機関も捜査しており、米国の特殊機関がこれら機関と協力している。そのことは、アルテム・シートニク国家汚職対策局(NABU)長官も認めている(ただし、長官は、秘密保持協定により詳細は一切述べていない)し、資金洗浄と資金横領の捜査を行うFBIのチームがウクライナを訪れたことも分かっている。

なお、ウクライナと米国の間に犯罪人引渡し条約はない。そのため、犯罪人引渡しのためには、両国は案件ごとにその都度合意しなければならない。バズフィードは、「犯罪人引渡し条約が米国とウクライナの間にないために、ゼレンシキー氏とウクライナの検事総長は、難しい選択の前に立たされる。すなわち、あり得る起訴を妨害するか、立件を前進させるかだ」と書いている。

フロリダ州の元検察であるロマン・グロイスマン氏は、正にこの政治的対立にこそ、このウクライナ関連捜査における重要な挑戦があると述べ、「ゼレンシキー大統領は、犯罪人引渡しを妨害するためにNABUや検事総長に圧力をかけるだろうか? それとも彼は、中立を保ち、これら機関が自らの仕事を実行するのを許すだろうか?」と指摘している。

ウクライナ政権の幹部がどのような選択をするのだとしても、それにははるか遠くのクリーブランド市の約20人の米国の陪審員の決定が確実に影響を与える。彼らは、米連邦捜査官によるプリヴァト銀行の元所有者のあり得る金融詐欺に関する見解を間もなく聞くことになる。

マクシム・ナリヴァイコ/オタワ


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