6月26日にはクリミア・タタール民族旗の日

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6月26日にはクリミア・タタール民族旗の日
今日、6月26日、ウクライナではクリミア・タタール民族旗の日が祝われている。

ウクルインフォルムが伝える。

これは非公式の記念日であり、クリミア・タタール民族の自治機関の決定により2010年から祝われているもの。クリミア・タタール人の団結、世代間の継承、自由と自決権を求める民族の闘争を象徴している。

クリミア・タタール民族旗は、1917年12月にバフチサライで開催された第1回クリミア・タタール民族大会「クルルタイ」によって採択された。クリミア・タタール民族が弾圧に直面したソ連時代には、この旗は使用されていなかった。

同民族旗は1991年6月30日に、シンフェローポリで開催された第2回「クルルタイ」によって再び採用された。

現在、この旗はクリミアの先住民族の権利のための闘争、ロシア占領からのクリミアの解放、ウクライナの領土一体性回復の象徴の1つとなっている。

同日、ウクライナ外務省の前で、クリミア・タタール民族旗が掲揚された。

ウクライナのシビハ外相は、この掲揚の伝統は2016年に外務省で始まったものであり、今年は同民族旗は世界中のウクライナの在外公館で掲揚されると伝えた。

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外務省前でのクリミア・タタール民族旗の掲揚 写真:パウロ・バフムート/ウクルインフォルム

クリミア・タタール民族代議機関「メジュリス」のチュバロフ代表は、「クリミア・タタール民族旗の日に、私たちはクリミア・タタール人、同胞である民族的ウクライナ人、そして一時的被占領下クリミアに居住しウクライナ国家への忠実であり続ける全てのウクライナ国民に対して支持の言葉をかける。ウクライナ軍にクリミア・タタール人の戦士たちが尊厳を持って兵役についていることを誇りに思う。クリミアが解放されることに全く疑いはない」と強調した。

また、キーウ市行政庁庁舎前にもクリミア・タタール民族旗が掲揚された。

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写真:ダニーロ・アントニュク/ウクルインフォルム

ウメロウ国家安全保障国防会議(NSDC)書記は、ウクライナ国旗とクリミア・タタール民族旗は自由なクリミアの空で必ず再び翻ると書き込んだ。

ウメロウ氏はまた、「今日、クリミア・タタール人は自らの民族旗を称えている。金色のタムハが付いた水色の旗は、何世紀にもわたる歴史、経験した試練の記憶、自らの大地で自由に暮らすというクリミア・タタール人の不変の願望を体現している」と伝えた。

さらに同氏は、クリミア・タタール人が追放、弾圧、迫害を経験したが、自らのアイデンティティ、文化、伝統を守り抜いたと指摘した。そして同氏は、現在、一時的被占領下にあるクリミアにおいて、その旗は不屈、民族的抵抗、故郷で生きる権利のための闘争の象徴となっていると主張した。

同氏はその上で、「この日、私たちは弾圧に苦しむ全ての人々の記憶に敬意を表し、クリミアの脱占領、クリミア・タタール民族の権利、自由なウクライナの半島の未来のために闘争を続けている一人一人に感謝の意を表明する。クリミアはウクライナである。ウクライナの旗も、クリミア・タタール旗も、自由なクリミアの空で必ず再び翻る」と伝えた。


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