ゼレンシキー宇大統領、終戦・戦勝記念日に演説 ロシアの戦勝記念日と対比【日本語全訳】

ゼレンシキー宇大統領、終戦・戦勝記念日に演説 ロシアの戦勝記念日と対比【日本語全訳】

動画
ウクルインフォルム
ウクライナのゼレンシキー大統領は、5月8日の「第二次世界大戦の記憶と対ナチズム戦勝記念日」にて、キーウのフレシチャーティクと独立広場にて演説を行った。その際ゼレンシキー氏は、翌9日のモスクワの赤の広場で行われる軍事パレードとの比較に言及した。

ゼレンシキー大統領がソーシャルメディア「X」アカウントに演説動画を公開した。ウクルインフォルムによる同演説の日本語全訳は以下のとおり。


おはよう、親愛なるウクライナ国民の皆さん!

今日は、記憶と対ナチズム戦勝記念日だ。80年前に、命のため、悪を破るため、そして「二度と繰り返さない」ために戦った全ての人と共に、私たちが祝う日だ。残念ながら、3年前に、それは再び繰り返され、かつてと同じように、キーウの空には空襲警報が鳴り響き、再び悪が、私たちの、ウクライナの大地に襲来した。2月24日の朝、フレシチャーティク通りは空っぽだった。車も人影もなかった。今は、ここに命がある。ご覧の通りだ。3年前、独立記念日の演説をこの場所で収録した際には、ここには焼け焦げたロシアの軍用車両があった。悪がここで得られる「パレード」とは、せいぜいそういうものだ。今この場所は、私たちの「命」への見方であふれている。今日、ここで、ウクライナ人は、自分たちの英雄のおかげで、自分たちの通りを、自分たちの旗の下で歩いている。私たちの英雄、私たちの戦士のおかげで。この命を可能にするために、家から遠く離れた全ての前線で国を守った、今守っている人たちのおかげで。

誰かは急ぎ、誰かはただ散歩し、誰かはコーヒーを淹れ、誰かは働き、誰かは前線に車を運び、誰かは人のために働く用事で移動し、誰かは自分の町の中心を歩いていると、「ジャークユ!(ありがとう)」という声を聞く。それがとても大切だ。彼ら、戦士たちにとってのその「ジャークユ」は、とても大切な意味があり、わずかに休息するために彼らが得ているこの数日に、とても必要なものだ。それから彼らは、ウクライナで命が続くように、ウクライナへの奉仕を続けていく。全ての場所で。キーウ、リヴィウ、ドニプロ、ハルキウ、オデーサ、生きている国中でだ。戦うために生きている国、生きるために戦っている国でだ。

そして、それが、どうして悪は必ず敗れるのかという問いへの答えだ。ロシアの人々と私たちの間に決定的な違いはそこにある。ロシアは、その違いを毎年5月9日に示している。独立広場における命と、赤の広場における恐怖のパレードの間の違いを。戦車の行進、殺人者の行列、着替えた群勢、その行進を上から見下す半ば死んだような顔。「再びやってみせることができる」という名のカルト集団だ。あなた方は再びやってみせた。その全ての悪を繰り返したのだ。ウクライナは目にした。全世界がそれを目撃した。明日、ナチスの残虐行為について語るのは、ブチャで集団墓地を築いた者である。レニングラードの包囲について語るのは、マリウポリの包囲を行った者である。冷笑のパレードが行われる。それ以外に呼びようがない。悪意と嘘のパレードだ。そう、数十の同盟国ではなく、まるでプーチン個人がナチズムに勝利したかのようだ。まるで彼が自分の手でベルリンの国会議事堂に勝利の旗を掲げたかのようだ。

幸いにも、ウクライナはその泥沼から、その全てから抜け出した。幸いにも、ウクライナは、80年前にナチズムと戦ったのは数十の民族であることを忘れなかった。そして、残念ながら、800万人以上のウクライナ人が、その戦いで失くなったことも忘れなかった。私たちのほとんどの家族が、誰かの写真を持って、記憶を維持している。曽祖父、祖母、曽祖母、あるいは、私のように、祖父の記憶を。そして、第二次世界大戦の生存退役軍人と出会った人たちは、彼らが静かに、控えめに集まり、ロマンや大袈裟な表現なしにあの頃のことを思い出していたことを覚えている。彼らがいつもこう言って乾杯していたことを。「戦争が二度と起こりませんように!」と。

そして今日、ほとんどのウクライナ家庭には、新たな悪と戦った、あるいは戦っている英雄がいる。ウクライナ、私たちのキーウ、私たちの町、村、人、私たちの命のために戦っている英雄が。

ほら、このとても大切な場所、「記憶の場所」が、どうして、この命があるのか、どうしてウクライナが生きているのか、どうしてウクライナはこんなに強いのかを示している。そして、私たちが自分たちの英雄をどれだけ大切にしているのかも。かつてここには、A4の紙に「ロシアに殺された人を知っていたら、旗を立ててください」と書いてあっただけだった。今ここは、人々の記憶の場所となった。そして、1本1本の旗、1本1本の肖像、1本1本のろうそくが、私たちの感謝であり、私たちの敬意である。そして、これは、知っているだろう、命令によって作られた記念碑ではないのだ。これは、最高のウクライナ人に適切なことを捧げたいという人の願いである。そして、それが私たちと悪の間の断絶のもう1つの証拠なのだ。彼らにとって、「赤の広場の老人」というのは数百万人の命を奪った偶像なのだ。私たちにとっては、英雄、私たちの中にいる英雄だ。

静寂が生じること、平和の勝利が訪れることを私たち一人一人が望んでいる。私たちはそれを求めて戦っている。そして、そのためには何が必要かを理解している。ロシアが根本的に変わるか、あるいは世界が変わらざるを得ない。悪への宥和は不可能であることが、皆にとって明らかになった80年前に、世界が変わったのと同様に。悪とは戦わねばならない。一緒に。断固として戦わねばならない。力で、圧力で。戦場で、外交の場で、経済空間で、戦いが可能なあらゆる場所で。本当に「二度と繰り返さない」ためにだ。そうでなければ、世界はロシアの非ナチ化と非軍事化を行わざるを得なくなる。

親愛なるウクライナ人よ!

80年前、第二次世界大戦でナチズムに対して勝利した。そしてこの日は、私たちに重要な法則を教えてくれている。「どんな悪も必ず終わる」。どんな占領者も、いずれ私たちの地を去ることになる。命は常に戻ってくる。今、私たちはそのために立っている。それはいつか生じる。

記憶と第二次世界大戦における対ナチズム戦勝記念日おめでとう! 悪と戦った全ての人に永遠の記憶と、今日、命を守っている全ての人たちに栄光を!

ウクライナに栄光あれ!


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