現在の戦争は無人地上車なしには遂行不可能

ウクルインフォルム
現在の戦争は無人地上車なしには遂行不可能
ウクライナ防衛戦力は、無人地上車を用いてユニークな作戦を行っている。ウクルインフォルムは今回、情報総局国際レギオン所属の軍人たちに無人地上車の重要性について尋ねた。

今日、無人地上車は戦場へ弾薬や食料を届けるだけでなく、偵察を行ったり、被弾した他の無人システムを回収したり、負傷者や死亡した戦士を後送したりしている。

現在無人地上車を操作しているのは、元砲撃手や襲撃兵たちだ。彼らは、自身の活動が根本的に変わったことについて、榴弾砲手の役割が以前より必要でなくなり、その活動がとても危険になったためだと説明する。衝突ラインから仮に2キロメートル離れた陣地へ榴弾砲を持ち込むことは、今ではもう不可能なのだ。

執筆:オリハ・ズヴォナリョヴァ

写真:ドミトロ・スモリエンコ

前線の「ズミー」の役割

コールサイン「シチェバ」という軍人は、現在の戦争は無人地上車なしには不可能だと説明する。

彼は、「無人地上車は負傷者を救出できる。現在のキルゾーンを考慮すると、無人航空機が活動しているために、人間が救出を行うことはほぼ不可能だ。残念ながら、全てをこなせる万能な無人機は存在しない」と述べる。

シチェバ氏は、同僚たちとともに、操縦士が使用する無人地上車「ズミー」の動作を確認するため演習場を訪れた。その際彼は、「ズミー」は正に他の装備の牽引や後送のために作られたユニークな無人地上車だと説明する。

シチェバ氏
シチェバ氏

彼は、「私たちはメーカーから基本版の無人地上車を受け取る。そして、今私たちが目にしている、様々なフック、ワイヤー、ウインチ、ロープといったものは、私たちの課題に合わせて追加加工し、改良したものだ」と説明する。

また彼は、無人地上車を強化した「デバイス」が後送活動を実施するために必要なのだと述べる。

その際彼は、「私たちは人員を危険にさらさない。無人地上車を出動させ、遠隔操作でフックを他の無人システムを引っ掛けて引っ張ってくる。仕事は多い。私たちは少なくとも2回の後送に成功した。隣接部隊の無人システムが(編集注:ロシア軍の)FPVに被弾したが、非常に危険であったものの、私たちはそれを回収できた。隣接部隊が私たちに依頼してきたので、私たちは遠隔で無人地上車を送り、全てを実行した。誰も危険に晒されなかったことを強調したい」と振り返った。

シチェバ氏はまた、現在、より長い走行距離、優れた速度、改善された走破能力を備えた無人機や無人車が必要だと述べる。

同部隊には、彼とともに外国人も軍務に就いている。シチェバ氏は、ブラジル人と同じ陣地にいた時のことを振り返った。困難だったのは、お互いが基礎レベルの英語しか知らず、しかし、それでも何かしら議論したり説明したり、会話したりする必要があったことだという。

シチェバ氏は、「私たちは同じ退避壕に座っていたが、お互いのことを知らなかった。話す相手がおらず、まるで1人でいるかのようだったため、精神的にきつかった。それでも私たちは課題のために一緒に出動し、それらを遂行した」と語った。

彼は、コミュニケーションが困難であっても、外国人たちは素早く無人地上車を習得できているのだから、ウクライナ人にも習得は確実にできると補足した。

フランク氏
フランク氏

ウクライナで生きがいを見つけたブラジル人

ウクライナへ渡航し、戦場へ向かった外国人の1人が、コールサイン「フランク」と呼ばれる21歳のブラジル人だ。当初、彼は襲撃兵として訓練を受けたが、後に兵種を変更した。現在彼は、敵の無人航空機の撃墜や阻止、無人航空機や無人地上車に関連するあらゆる作業に従事している。

フランク氏は、かつて迫撃砲班が使っていた陣地に入り、そこの偵察を行うという課題があった時のことを語った。

彼は、「私たちは退避壕を見かけた。そこには多くの退避壕があり、そこから無人機や火砲が使用されていたため、危険だった。そのため、安全状況を考慮し、そこにとどまるのではなく、後退することを決めた。途中で仲間の1人が爆発に巻き込まれた。幸い生存した。負傷後も、彼は契約を解除せず、回復後に軍役に復帰した」と語った。

彼は、戦争に参加した最初の数か月間は苦しかったと告白した。慣れるには時間が必要だったという。

フランク氏は、「これは技術の戦争だ。ここには常に何かしら新しいものがあり、多くの興味深いことがある。そのため常に学び、上達したい」と語る。

ブラジル人の彼は、最近自らの班の軍人たちとともに無人地上車を使って課題に出動した時のことを振り返った。弾薬を届ける必要があったが、無人車のバッテリーが切れ、平野の真ん中で停止してしまった。その時、軍人たちは2名で無人車に向かい、バッテリー交換を行って、戻ってくることを決めた。ロシア軍が絶えず攻撃してくる中、それは非常に危険だったという。その危険の中で、フランク氏と同僚は課題を完遂した。また、前線近くのある村の出口付近で、彼らは民間人の自動車を目撃した。無人機がそれに着弾し、1名が死亡、1名が負傷したという。

フランク氏は、「私たちは支援を要請した。車が到着し、最初に負傷した男性を、次に死亡した女性を回収した」と回顧した。

彼はまた、日々の砲撃や絶え間ない無人機攻撃があり、ほぼ全ての家屋が破壊され、道路沿いに多数の焼け焦げた車がある中でも、村には民間人がとどまっていると伝える。

私は彼に、時間を巻き戻して再び決断を下す時点に戻れた場合、ウクライナを防衛しに来るかどうか尋ねた。

フランク氏はためらうことなく答えた。「ええ。私は、ずっと軍人になりたかった。これが私の天職だ。これが私の活動だ。家族は今後できるだろう。まずは軍での活動だ。この戦争は複雑で厳しい。敵は民間人を殺しており、それに慣れることなどできない。現在、誰が勝ったかをはっきり言うことはできない。それでも、私には、ウクライナが勝利している中で、ロシアは戦争を長引かせようとしているように思えている」と答えた。

絶望的な状況の中の希望

無人地上車部隊の「骨格」となるのは、火力支援班に所属する者たちだ。同班は、以前は大口径機関銃や架台式グレネードランチャーを運用していた軍人たちで構成されている。情報総局国際レギオンの戦術グループ「レヴァンシュ」の無人地上車部門副指揮官(コールサイン「ビゾン」)は22歳だ。彼は、18歳になるとすぐに軍役に就き、2023年春から前線にいる。

ビゾン副官は、死者や負傷者を後送するために特別な担架を備え付けた無人地上車「タルハン」を見せた。

この無人地上車は約60キロメートルの連続走行距離を誇り、約200キログラムを運搬できるという。

またこの無人車は純粋に後送作戦のためのものだという。

ビゾン氏は、「敵は常にあらゆる種類の無人地上車を積極的に狙ってくるし、自作爆発物を道路に活発に散布してくる。彼らは歩兵や自動車ではなく、正に無人地上車を撃破しようと狙っているのだ。なぜだろうか? 多分、無人地上車が私たちの補給や後送において非常に高い効率をもたらしているからだ」と語る。

ビゾン氏
ビゾン氏

また彼は、自身の最初の後送任務が最も困難だったと述べた。衝突ラインの向こう側にいた兵士たちを無人地上車で連れ出さなければならなかったという。

彼は、その任務について「そこではもう私たちの陣地と敵の陣地が混ざり合っていた。そこへ飛び込むのはかなり厳しかったが、私たちにはある技術的手段がある。安全のために、それについての詳細を述べるのは控えさせてもらう。私たちには敵の活動を監視する機会があるとは言っておこう。私たちは敵に見えないタイミングを見計らい、その瞬間に負傷者のいる場所へ駆け込まなければならなかった。あれが、精神的にも物理的にも、最も厳しい作戦の1つだった。さらにそれは最も長い作戦の1つでもあり、遂行期間は、約2日間に及んだ」と語った。

また彼は、課題遂行の時、操縦士は相対的に安全な場所にいると述べる。操縦士が恐怖を感じるのは、無人地上車に乗せられた負傷者に対する責任を自覚した時だという。

ビゾン副官は、「私たちは負傷者や無人地上車自体を最大限偽装し、見つかりにくくしようとしている。しかし負傷者を乗せると、FPVが無人車を見つけて飛んでくるのではないかという恐怖が生じるのだ。その瞬間、自分は相対的に安全な場所にいるため、今自分には何も脅威がなくても、負傷した仲間の命は実質的に自分の手中にあることを理解するのだ」と説明する。

彼の成果は、救出した15名の仲間だ。これは今年の春先から人数だ。戦士たちは、後に彼に電話をかけてきて、よく感謝を伝えてくれるという。

ビゾン氏は、「絶望的な状況にあると思っていた人々に希望をもたらす時、それは多くのことを物語るものだ。私たちが後送した負傷者の1人は、それまでに足首を切断された状態で3週間過ごしていて、救出できずにいた(編集注:その彼を無人車で後送に成功した)、ということもあった」と振り返る。

その話をしていた瞬間、空からFPV無人機だとわかる特徴的な音が聞こえてきた。私たちはすぐに空中の無人機を目で探し始めた。少し不安になる。ビゾン副官は、無人機は正に私たちの真上にいると述べる。

彼は、「多分、私たちの無人機だ。私たちは演習場にいるのだし、ここで聞こえる音で私が恐れることはないが、これが前線のどこかであれば、気持ちは全く異なるものとなる」と述べる。

そして彼は、自身が榴弾砲班の隊長だった頃を振り返り、それを「良い経験」だったと呼んだ。彼らはハルキウ州やドネツィク州で敵を殲滅してきた。彼は自分の班を誇りに思い、自慢げにこう語った。

「私たちの班は最高の班の1つだった。多くの敵を倒し、敵に多くの問題をもたらした。敵は私たちを追跡しようとした。しかし、私たちは、敵に発見されない、破壊もされないような陣地を構築した。それはザポリッジャ方面にいた時のことだ。敵の装備品に(編集注:対する攻撃)はあまり行わなかったが、敵の兵員はかなり叩いてやったよ。」

ビゾン氏は、無人機が戦争に膠着状態を生み出したと語る。私たちだけでなく、敵にとっても厳しくなっているという。

「私たちの主要な課題は、敵に先んじることだ。私たちはそれに成功しているだろうか? 私は、現段階では先んじている、と思っている。私たちは中射程攻撃や無人地上車の分野では、間違いなく彼らの先を行っている。無人航空機がなければ、私たちは厳しかっただろう」と彼は述べる。

彼は、対話の最後に、再び救出された仲間のことについて振り返る。彼は、救い出した人々のことを「15人ばかりの人」ととらえる人々がいるかもしれないが、彼にとっては「15人もの人間」なのだと語る。身近な人が帰りを待つ15名「もの」戦士であり、彼らには15「もの」家族がいるのだ。


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