倉井高志駐ウクライナ日本国特命全権大使

日本政府のクリミアの立場は原則的で確固たるもの

倉井大使は、キーウ(キエフ)へ到着するなり、熱心にウクライナ語を学び始め、イベントではいつも必ずウクライナ語で挨拶をされている。よく民族衣装のヴィシヴァンカを着た動画を公開し、「日本はウクライナを支持している」というメッセージを伝えて、ウクライナの人々の信頼を集めている。

そのため、私たちは日本がウクライナを支持していることはよく知っている。一方で、日本のウクライナへの支持の強靭さについては、わずかな不安を覚えることもある。例えば、今年9月のロシアのクリミアでの偽選挙の際、他のG7加盟国やEUと違い、日本は何のメッセージも出していない。

コロナ危機は、まるで霧のように、世界各国の外交意図をやや見え辛くしている。日本のウクライナ支持は、今も続いているのだろうか。日本は、ウクライナとの協力に関心があるのだろうか。どの協力分野に展望を見ているのだろうか。ドンバス・クリミア関連の対露制裁はいつまで続くのか。菅新内閣の外交はどうなるのか。

ウクルインフォルムは、1.5メートルの社会的距離(ソーシャルディスタンス)を保ちつつ、倉井大使に話を伺った。


G7としてのサポートと日本政府の支援

倉井大使、まずはウクライナ三等功績勲章の授与、おめでとうございます。任期の途中で授与されるというのは珍しいのではないでしょうか。ゼレンシキー大統領から授与の説明はありましたか。

ゼレンシキー大統領から直接、授与の説明はありませんでしたが、功績勲章というのは、政治・経済・社会と様々な分野で顕著な功績のあった人に授与されるものと理解しております。8月31日に授与式があって、大統領にはウクライナ語で叙勲は大変に名誉なこと、ありがとうございます、と申し上げました。重要なことは、これは決して私個人に授けられたわけではなく、これまでの日本のウクライナに対する支援や、日本人に対するウクライナの人々の感謝の気持ちや評価が込められたものと思っています。

私たちが倉井大使を最も頻繁にお見かけするのは、「G7大使ウクライナ・サポート・グループ」の活動の中です。大使たちは、パンデミック期にも活発に活動しています。大使グループのマンデートはウクライナの改革支援ですが、現在大使たちは国内改革のどの課題に関心を抱いていますか。

G7大使ウクライナ・サポート・グループは2015年に開始して、もう5年活動してきております。コロナの問題が出てきてからは、非常に悩ましかったですけれども、やはりG7加盟国とEUには、ウクライナの改革支援を止めてはいけないという思いがありますので、ある時はビデオ協議をしたり、あるいはどうしても会って話した方が良いという時は、色々な工夫をしながら直接会って会議をしたりしています。少なくとも週1回、あるいはそれ以上、何らかの形で会合が設けられています。昨日は、ラズムコウ(最高会議議長)とアメリカ大使公邸で意見交換をしましたし、その前もIMF(国際通貨基金)のウクライナ支部代表と協議しました。(笑いながら)幸い、まだみんな元気にやっています。

具体的に何をしているかというと、我々は毎年、ウクライナに対する改革支援について、どの分野に重点を置いて活動していくかというのを大使間で相談して決めています。今年は、去年と大きく変わらないのですが、5つの重点分野を決めています。

1つは、法の支配と汚職との闘い。2つ目は、経済成長。3つ目に、効果的なガバナンスの支援。4つ目に、人材の開発。5つ目が、安全保障、ということでやってきています。全てが重要ですが、中でも我々が一番裾野が広くかつ優先課題だと思っているのは、法の支配、反汚職です。それには、G7でコンセンサスがあります。もちろんウクライナ政府としても重要な課題として取り組んでいます。

具体的に改革の支援という時に、法の支配、反汚職というのを、G7サポート・グループはどのように支援するのですか。

一番重要なのは、法的枠組みをきちんと作ることです。ウクライナでは、改革が始まって以来非常に多くの法律を制定しておりますけども、その法律を適切な形で作れるようにしたり、また既存の法律を国際スタンダードに合致するような形で修正したりとか、そういう形の支援が非常に多いです。法案作成のプロセスで支援します。ただ、もちろんウクライナが主役、ウクライナの議会、政府、官僚制度が主役です。私たちは、あくまで側面支援として、法案の骨格の作成のお手伝いをさせていただいています。それが非常に大きな協力です。その他、様々な技術支援や、場合によっては財政支援もしています。

改革支援は、必ずしもいつもスムーズなわけではないと思います。どういうときに難しさをお感じになりますか。

改革というのは、個人においても、国家にとっても当然ながら非常に難しいことです。自分の人生を変えることを考えたらすぐわかりますが、こんなに大変なことはありません。だから、ウクライナが独立以来、特に2014年のマイダン革命(尊厳革命)以降、十分とは言えないかもしれないですが、一生懸命改革を行ってきたというのは、私は率直に素晴らしいことだと思います。これだけ色々な制度を変えていくというのは、並大抵のことではありません。改革に伴うこのような困難さを十分にわかった上で、それでも変えていこうというウクライナの人たちの意思を我々は高く評価しています。その上で、改革に伴う難しさというのは、変えていく方向性についてコンセンサスを得ること、変化のスピードや、優先する分野の判断が難しいですね。

G7大使の皆さんはウクライナ側の政権の方ともお会いになっていますけども、それ以外に大使の方々だけでは、どれぐらい頻繁にお会いになっているんですか。

大使だけで月に何回か会っています。ですから、ウクライナの政府の方々とお会いするのと合わせると、(G7大使たちは)週に1回から数回会うことがあります。

相当集中的に一緒にお仕事をされているんですね。

そうですね。

最近キーウのJICA事務所に新しい所長が到着されました。これは、日本にウクライナへの様々な支援を引き続き実現する意向があるということを示しているのだと思います。現在実現されている、あるいは近々実現される主な日本の支援について教えていただけますか。

これまで1991年の独立から今日に到るまで、総額でいうと31億ドル強の支援コミットをしてきました。またマイダン革命以降は、その改革支援を更に加速し、総額のうち半分以上の18.7億ドル強は、2014年以降のものです。

今我々が手がけている大きな案件というのは、ボルトニッチ下水処理場の改修です。ウクライナ、キーウに住んでいる方であればわかると思いますが、特に夏場にこの処理場の近くを通ると変な匂いがします。このような状況を何とか終わりにして、住民の方にも喜んでもらうために、下水処理場の施設を改修するというプロジェクトをしています。今、入札プロセスが続いているところです。日本の最も優れた技術を提供したいと思っています。

他の大きな案件では、(南部の)ミコライウに橋をかける計画があります。黒海沿岸を西へ向かう道はしばしば混みますが、ミコライウの街中を通る道は特に渋滞がひどいです。この渋滞を避けるために、橋を立ててバイパスを作るというプロジェクトです。また、非常に残念なことながら、現在クリミアがロシアに不法占拠されているので、結果的に黒海沿岸を通る道が戦略的に重要になっています。その道をより使いやすくしたい、という思いもあります。既に日本側のF/S(実行可能性調査)は終わっています。これをこれから実現していきたいと思っています。

あとは、技術支援としてウクライナ財務省の大臣に日本人アドバイザーをつけています。その他公共放送局の事業もあり、更にこれから廃棄物管理の問題も実施していきたいと思っています。コロナの関係で専門家の派遣が今難しくなっていていますが、コロナ問題が解決次第、進めていきたいと思っています。

関心高まるウクライナのIT産業

最近JETROがウクライナのIT業界の現状に関する報告書を発表し、ウクライナのIT分野の急速な発展について説明しました。ゼレンシキー大統領の訪日の際、安倍首相は大統領とITの話もしています。これはつまり、日本政府がウクライナのIT分野に関心を持っているのではないかと思います。大使は、日本とウクライナのIT分野の協力にはどのような展望があると思いますか。

非常に大きな展望があると思いますね。ゼレンシキー大統領の去年10月の訪日における安倍総理との会談に先立って、我々は外務省、東京に、ウクライナにはIT分野に大きな潜在力があるとして、ウクライナとIT分野の協力を進めていくことを特に勧めました。去年の6月ですか、楽天の三木谷会長がウクライナへ来られました。楽天というのは、ご存知のように楽天Viber(バイバー)という、メッセージ・プラットフォームがウクライナで使われていて、その占有率が非常に高いのです。今楽天は、ウクライナでの活動をもっと拡大していきたいと考えているようですが、それは非常に良いことだと思います。

楽天だけでなく、できるだけ多くの企業がウクライナのこのIT関連の実際の力をきちんと認識して協力を進めていって欲しいと思いますね。IT関連では日本の企業の関心が少しずつ高まっていると思います。去年7月、日本大使公邸で、当時IT担当の大統領顧問であったフェードロウ現副首相に来てもらって、ウクライナのIT分野のプレゼンテーションをして頂いたのですが、そこにはウクライナの日本企業のみならず、ポーランドなど周辺国にいる日本企業の方も来られましたね。

日本の企業のウクライナのIT分野の関心というのは、特にどこにあるんですか。

私もこの分野の専門家ではないのでわかりにくいところもありますが、新しいアプリを作るなど技術開発の面で優れていると思います。我々が日常使っている多くのアプリが実はもともとウクライナの技術者が作ったものであったということがあるようです。エストニアがIT分野では有名ですが、エストニアのIT関連企業も海外に支店を出す時に、非常に早い段階からウクライナに出していますね。

ウクライナに技術者がいるから。

はい。非常に多くの技術者がいる。やっぱりその分野の人にはわかるのでしょうね。

その他、日本とウクライナの投資・経済の関係において、ウクライナのどのような分野に日本の投資家は関心を抱いていますか。

IT分野というのは比較的最近の話ですけども、もともと日本はどちらかというと自動車の販売や、自動車部品の製造を行ってきています。例えばEU側に輸出する部品の製造ですが、ワイヤーハーネスという、労働集約的でかつ相当の専門技能を必要とする部品で、フジクラ、矢崎創業、住友が進出し、ウクライナで作って国外に輸出しています。またタバコで、JTインターナショナルが投資しています。また、最近農業分野の投資が少しずつ増えています。農業も本来であれば、もっと関係が進んでも良いと思いますが、やはり距離の問題があるのだと思いますね。ここで生産したものを、日本に持って行くのは船賃などコストが非常に高くなってしまいます。ただ、こちらに投資をして、ヨーロッパや中東に販売するのは、まだ潜在力があると思います。パナソニックも進出しています。まだまだこれから伸びる分野がたくさんあると思いますね。

日本流「人民の奉仕者」内閣からウクライナが期待できることは?

菅新内閣が発足しました。菅首相は、新内閣は「国民のために働く内閣」だと言いましたが、それはつまり、ゼレンシキー大統領の言う「人民への奉仕」と同じじゃないか、両国は似たところのある政権になるかもしれないと思っています。菅内閣の発足で、日ウクライナ関係にはどのような影響が期待できるでしょうか。

菅総理は、総裁選の時からずっと自分は安倍総理の政策を引き継ぐと言っていました。当然ながら外交についても基本的には安倍政権の外交を引き継いでいくと思います。安倍総理在任中の過去7年8か月、様々なウクライナとの接触、協力がありましたが、これを引き続き発展させていくことになるでしょう。菅総理になって別の方向に向かうということはありません。

様々な公式発表を読むと、倉井大使は、ウクライナ政府関係者との会談時に安全保障問題、安全保障分野の協力についてよく協議していることがわかります。ウクライナと日本は2018年に防衛協力覚書に署名しており、2020年2月にはミュンヘンにて初めて両国の国防大臣、防衛大臣が会談を行いましたし、今年、陸上自衛隊から高いレベルの代表団がウクライナを訪れています。安全保障・国防分野におけるウクライナ・日本間の協力は、これまでどのような成果があるのでしょうか。

まず、私は決して安全保障・国防分野の方たちに特にターゲットを当ててお会いしているわけではなく、色々な方とお会いしています。他方で、安全保障分野というのは、いかなる国との二国間関係においても、極めて重要な分野です。したがって重要であるがゆえに、政治、経済、社会といった他の分野に波及する影響が大きく、国家間でよくよく理解し合った上で進める必要があります。私は、ウクライナと日本は、様々な分野で分かり合える関係であり、その中には安全保障の分野が含まれます。私は、ウクライナと日本の間においては、安全保障分野で様々な協力ができると思っています。

ただ、先ほど申し上げたように、重要でかつ他の分野に対する影響の大きい分野なので、互いによく理解し合った上で進めていかなければなりません。2018年秋に、日本とウクライナの外務・防衛両者による政治・防衛協議を行い、その時に防衛交流の覚書に署名しました。このようなところから少しずつ始めていき、互いに相手がどのような安全保障環境の下にあるのかをよくよく理解し合った上で協力を進めていくことが重要だと思っています。今は、防衛交流で、人と人が会って、日本からも来て、またこちらからも日本へ行って、互いの置かれた安全保障環境を理解することが一番重要だと思っています。

人の往来以外に、もう一つ重要な分野で、私たちが是非続けていきたいと思っているのが、サイバーセキュリティ分野の協力です。実はあまり知られていないですが、サイバーセキュリティの分野で専門家同士の省庁横断的な協議の場を設けたのは、ウクライナにとっては日本が最初の国なのです。それまでウクライナは、他の国とはまだそのような形態の協議を実施していませんでした。日本とウクライナの協議は、2016年12月にキーウで実施したのが最初で、今年1月に2回目の協議を東京でやりましたが、双方にとって非常に有益だったと思います。日本は、それほど多くの国とこのような協議を行っているわけではなく、十数か国としかやっていない中の一国がウクライナです。我々は、ウクライナのこの分野の能力を高く評価していますし、ウクライナにとっても日本との協力は有益であると信じていますので、今後もこのような協力を続けていきたいと思っています。

軍病院への機材の提供というのは、この分野の話なんですかね。

これも防衛交流、安全保障面の交流の一環ともとらえられますが、人道支援の側面もあります。例えば、ドンバスで負傷した兵士の方々のリハビリとか、軍病院への様々な機材の提供などは、防衛交流と人道支援の両側面があります。

今年の多国間海軍軍事演習「シーブリーズ2020」には、日本の代表者も参加するとの発表がウクライナ側からありましたが、結果を見てみると、日本は参加していませんでした。もともと実現するという話はあったのでしょうか。

演習への参加には様々な形態があります。日本がシーブリーズに参加を検討していたフォーマットというのは、オブザーバーを派遣するというもので、艦艇の派遣などを検討していたわけではありません。ただし、これもまたコロナウイルスの話になりますが、本年は当初の計画と異なり、シーブリーズの演習自体がノンコンタクトベースでの実施、つまり洋上だけの演習になってしまったので、オブザーバーを派遣することができなくなったのです。最初から行かないと考えていたわけでは全くありません。我々は、参加する前提で検討していました。

シーブリーズは毎年行われる演習ですけども、今後のオブザーバー参加はありうるのでしょうか。

もちろん、日本としてはずっと関心を持って演習をフォローしています。

今後日本とウクライナの安全保障・防衛分野の協力を発展させるために何が必要でしょうか。現在何かしらの障害がありますか。

何か障害があると思ったことはないですが、繰り返しになりますけれども、それぞれの国にとっての安全保障上の懸念というのは一体何であるのか、それに対してどう対処しようとしているか等について、互いによくよく理解を深めることが最も重要です。言葉を交わすというだけでなく、実際に演習に参加したり、サイバー協議のようなものを進めてくことが重要です。一緒に活動することなどの積み重ねで少しずつ互いに理解していけると思っています。

日本政府のクリミアの立場は原則的で確固たるもの

ウクライナではしばしば、ロシア連邦はウクライナと日本にとっての「共通の脅威」だと言う話が聞かれます。クリミアも北方領土も、ロシアに占領されていることがその理由です。しかし、日本の様々な防衛・安全保障関係の公式文書を見ればわかるように、日本政府はロシアを脅威とみなしていません。例えば、今年7月に発表された防衛白書において、注目の中心に据えられているのは中国であり、その次は北朝鮮です。他方、ウクライナは中国を戦略パートナー国とした経緯があり、今も経済面を中心にその関係を重視しています。両国の置かれた環境が異なるため、見方に違いがあるのは当然ですが、日本とウクライナが防衛・安全保障分野の協力について協議する際、このような見解や立場の違いが、何らかの誤解を生み出すことはないでしょうか。

これまで私がウクライナの政府関係者との間で安全保障や防衛の問題について議論をしてきた中で、もっと理解を深めなければならないと感じたことはありますが、何らかの誤解があると感じたことは一度もありません。我々がロシアとの関係や他の国との関係で置かれている状況、安全保障上の状況を、彼らはよく理解していると思います。もっと深めていかなければならない部分はありますが、誤解をしていると思ったことはないし、そういうことが起こるとは思えないですね。

今年の6、7月ロシア連邦では憲法改正の国民投票が行われました。9月13日には統一地方選挙も行われています。その際、被占領下クリミアでも「投票」が「実施」されたと発表されています。これに対して、複数の国が、この被占領下クリミアでの「投票」、「選挙」の「実施」とその結果を認めないと発表しています。クリミアがウクライナ領であるためです。日本大使館も、2016年2018年、ロシアがクリミアで選挙を「実施」した際には、「日本は2014年3月のロシアによる違法なクリミア『併合』を認めていない」ため、選挙の正当性もその結果も認めないという声明を出しました。しかし、今年の6、7月の国民投票と9月の地方選挙の際には、日本政府から類似の声明が出ていません。被占領下クリミアにおけるロシアの国民投票や選挙の「実施」に関して、日本政府はどのような立場でしょうか。

最も重要なことは、ロシアによるクリミア「併合」は違法であり、全く認められないという日本政府の立場は明確であるということです。これは、我々のこの問題についての原則的立場であり、全く変わりません。したがって、その観点からすると、「地方選挙」であれ何であれ、あたかもロシアの「国家権力」がクリミアに及んでいるかのような前提に立った行為を、我々が認めることはありません。これは、一つ一つ必ず声明を出すかどうかということとは関係なく、我々の原則的立場として全く変わらないということを明確にしておきたいと思います。これは、様々なところで必要に応じ明らかにしてきています。

2019年、日本は、国連総会にて2本のクリミア決議に賛成しました。2018年までは、日本は同様のクリミア決議に賛成した際、さらに共同提案国にもなっていました。しかし、2019年、日本は初めてクリミア決議の共同提案国になりませんでした。これは、日本政府のクリミア問題における立場が修正されたことを示す徴候ではありませんか。

全くそのようなことはありません。さきほども申し上げたとおり、最も重要なことは、日本政府の立場は、ロシアによるクリミアに対する違法な「併合」を認めないというもので、これは全く変わりません。国連総会で出される決議というのは、案文を様々な角度から分析します。たまたま去年は共同提案国にはならなかったですが、日本は当然ながら決議に賛成しています。クリミアに対するロシアの違法な「併合」を認めないという立場は変わらないという観点で、これからも対応していきます。この点は、共同提案国かどうかということとは全く関係なく、日本の立場として確固たるものと考えていただきたいと思います。

わかりました。同時に、共同提案国だったものが、そうでなくなったという変化はウクライナも注目しています。そうすると、ウクライナの人々は、日本を含む国際社会のウクライナ・ロシア戦争やクリミア問題への注意が下がっているのではないか、ロシア連邦と「通常の関係(business as usual)」に戻るのではないかという恐れを抱きます。そこで改めて、日本のクリミアとドンバスに関する立場を確認させていただけますか。

まず我々は、ウクライナの主権と領土一体性を一貫して支持しています。ロシアによるクリミアの違法な「併合」、「併合」というのもカギ括弧つきですけれど、それを認めるということはこれまで一度もしていないし、これからも認めるということはありません。ドンバスについても、ロシアをはじめとする全ての当事者がミンスク諸合意を完全に履行するということが重要というのが日本の立場です。

日本の対露制裁は、ウクライナ領クリミアを含め、ウクライナの領土一体性が回復するまで続くのでしょうか。 

対露制裁については、我々は、G7の連帯を重視しています。これまで何度も様々なところでお話ししていますけれども、制裁を続けるというのは、ロシアによるミンスク諸合意におけるコミットメントの完全な履行、それとウクライナの主権の尊重と関連付けられていることを確認しています。

クリミアの制裁に関してもでしょうか。

クリミアについても、G7の連帯を重視しているということです。

トランプ米大統領がロシアをG7に戻すという話をして、ニュースになりましたが、日本政府としては、ロシアをG7に戻すという案をどのように考えていますか。

トランプ大統領は、去年ですか、G8という話をされて、その後、比較的最近になって、ロシアだけではなく更に他の国も入れて、と発言されていました。日本としての立場は極めて明確で、G7の枠組みを維持するということが極めて重要である、ということ。この一言ですね。

日本はウクライナのアジア戦略を歓迎する

クレーバ外相は、ウクライナ外交におけるアジア・ベクトルを発展させると述べています。ウクライナ外務省が今アジア外交戦略を作っているらしく、コルスンスキー駐日ウクライナ大使がウクルインフォルムへのインタビューの中でその戦略に触れました。ジョウクヴァ大統領府副長官は、ウクライナはアジアにおいて日本と優先的に協力関係を発展させていきたいと指摘しています。今のところこれらは宣言的なものですが、このウクライナの対アジア外交活発化から、日ウクライナ関係の文脈で、私たちは何が期待できるのでしょうか。

ウクライナにとって対外戦略の重要な柱は欧州への統合であって、我々はその重要性を十分理解し、かつ支持しています。今、クレーバ大臣が進めようとしている、pivot to Asia、アジアへの回帰という言い方をされていたと思いますが、これは欧州への統合という戦略的な方向を進めながら、同時にウクライナ外交をアジアにも広げていく、ウクライナ外交の幅を広げるという趣旨だと理解しており、我々はそのような考え方を歓迎しています。

そして、その中で日本との関係をもっと強化していきたいとウクライナが考えているとすれば、我々としては更に歓迎すべき、嬉しいことです。ただし、日本は決して「アジアの一国」として、あるいはアジアを代表してウクライナを支援しているわけではありません。日本がウクライナを支援し、かつウクライナと協力しようとしてきているのは、一つには、ウクライナと日本が、自由、民主主義、法の支配といった基本的な価値観を共有できる国だからです。そしてもう一つは、ドンバスやクリミアの問題は、決してヨーロッパ固有の問題であるとか、ウクライナ近辺の地域の問題ではなく、グローバルな問題だという認識でウクライナを政治的・経済的に支援し、かつ協力していこうと考えています。このことは明確にしておきたいと思います。

ウクライナがこれからこれまで以上にアジアとの関係を強化していくことを歓迎すると先ほど申し上げました。その際、ウクライナが今解決しようとしている課題はグローバルなインプリケーションを持っているということを、多くのアジアの国々と共有することができれば、素晴らしいことと思います。

日本は、伝統的に、インドやASEAN諸国など、多くのアジア諸国との間で、素晴らしい経験と良好な関係を築いています。ちょうど「自由で開かれたインド太平洋」の中でも、アジアとの関係を重視しています。一方、ウクライナのアジアにおけるプレゼンスはこれまではそれほど高くありませんでした。そのことは、国連総会におけるクリミア決議の投票の際、アジアから賛成票を投じているのが日本とトルコだけだということからも明白です。日本は、ウクライナがアジア・太平洋地域へ進出する際に何かしらの形で支援することができますか。日本は、ウクライナに何かアドバイスをしたり、協力したりすることはできるのでしょうか。

ウクライナのこれまでの対外関係の歴史において、多くのアジアの国々との接触は比較的少なかったと思います。アジアの現場で何が起こっているのか、アジアの国々は一体何を考えているのか、アジアの国々がヨーロッパを見たときにどういう風に見えるのか、彼らはヨーロッパとの協力をどのように考えているのか、アジアの国々は互いをどのように見ているのか等々、様々な点について、私自身これまでも色々な場でウクライナの政府関係者との話の中で、自分の考えとして伝えてきましたし、これからもこういうことは続けていきたいと思います。もう一つ重要と思うのは、先ほども申し上げましたけど、ウクライナが解決しようとしている問題が、決してヨーロッパに固有の問題ではなく、グローバルなインプリケーションを持つ問題であるということを多くのアジアの方々にわかってもらうということが、私は大事であると思います。

ドンバス、クリミアの問題ということですか。

はい。ただそれだけではありません。法の支配の確立とか、今ウクライナで進められている民主化のためのプロセス等もそうです。どの問題をとっても、グローバルな課題だと思います。

アジアの国々にとっても重要な問題。

はい、そうだと思いますね。

アビガンはまだウクライナに供与されていない

新型コロナウイルス感染症の世界的拡散が続いていますが、大使の日々のお仕事にはどのような影響がありますか。活動の制限や困難がある中で、どのように活動を続けられているのでしょうか。

外交官の仕事というのは人と会ってこそ成果を出せるものなので、コロナの影響で多くの人と同時に会ったり、会合やレセプションを開いたりすることができにくくなったのは非常に大きいですね。とはいえ、然るべく予防さえすれば、人と会うのは十分可能なので、私はマスクをしたり適当な距離を取ったりした上で、色々な人と会うようにしています。あとテレビ会議などは非常に多く利用しています。

新型コロナウイルス感染件数は、現在ウクライナでは1日約5000件、日本では約600件です。日本の新型コロナ対策は穏健な成功を収めていると思いますが、その秘訣は何でしょうか。ウクライナの防疫措置とどの点で異なりますか。

それぞれの国によって、事情も歴史や伝統、また人々の感じ方も違うので、完全な比較はできないと思います。その前提で、日本ではどのような対策をとっているかをお話します。私が日本において非常に重要だと思うのは、国民一人一人が予防のために何をすべきかについて、相当の共通認識ができていることだと思います。例えば、地下鉄や電車には、今でもかなりの人が乗っていますが、ほぼ全員マスクをしています。マスクというのは、自分がかからないようにというより、相手に感染させない意味の方が大きいので、全員がしていないと意味がないんですね。誰か1人、2人だけしていても意味がない。自分だけが助かるためにする、というものではなく、むしろ相手にうつさないようにするためのものなので、全員がしていないと意味がないのです。それが、日本では相当徹底されていると思いますね。

また、日本語でいわゆる「三密」、英語でAvoid the 3Cs、つまり、Closed spaces, crowded places, close-contact settingsを避けることです。これは、世界保健機関(WHO)でもすでに採用されています。この標語のような「三密」を避けること(Avoid the 3Cs)も相当社会に行き渡っています。それから、レストランなどでも話している人の間に透明の板を置いているところがある。ちょっと変ですけども、私の公邸でもプラスチックの板をテーブルの上に置いて会食をしています。その他、特に高齢の方のお世話をする老人ホームの方々も、ものすごく気をつけています。普段の生活から清潔に保って、大変な涙ぐましい努力をした上で、老人の方々と接していますね。

日本は、今年の春に新型コロナウイルス感染症治療への効果が期待されるアビガンをウクライナに供与することを発表していました。その後約半年にわたり供与実現についての発表がありませんでしたが、10月9日、ウクライナ閣僚会議(内閣)がアビガンの受け取りに関する決定を採択しました。今後、いつ頃アビガンはウクライナに供与されますか。

その治療薬は「ファビピラビル」というのが一般的な呼称ですが、ウクライナ閣僚会議がようやく受け入れを正式に決定したことを大変嬉しく思います。日本側は半年前から準備していましたので、今後、ウクライナ政府から東京のウクライナ大使館に対して正式な指示が速やかに出され、日本外務省との間で必要な文書が交換されれば、近日中にウクライナにファビピラビルを送ることができます。

この機会に経緯をお話しすると、元々今年の3月の末ごろに、供与をして欲しいというウクライナ側からの要請が東京のウクライナ大使館を通じてありました。我々日本大使館はその話を聞いて、ウクライナとの関係は重要なので、大至急ぜひ決めたいと思い、かなり異例ですけれども、4月の初めには、日本政府としてウクライナに供与することを決めました。

ここで一つ重要なことは、ファビピラビルというのは、まだ日本の厚生労働省がCOVID-19治療薬としては承認していないということです。今回のコロナに関して、世界で承認された、必ず効く、安心して飲める薬というのは、いくつかの国が承認したものを例外として、まだないと思います。日本のこのアビガン、ファビピラビルも同じで、いわゆる臨床試験が日本で最終段階を迎えているところです。ファビピラビルの提供は、この臨床試験を一緒に実施してくれる国には無料で提供しますので、協力して欲しい、そして、それぞれの国で使って、その効果の有無のデータを我々に共有してください、ということで始めました。

我々は決してお薬を押し付けるつもりは全くありません。ウクライナ側から要請を受けたことから供与を決めたのであって,臨床試験への参加を強制するつもりは全くありません。そのため、ウクライナの判断を尊重し、時間はかかりましたが最終的な結論を待っていたわけです。

なお、今回、我が国に対しては、EU諸国を含む約80か国から提供の要請がありました。数の制限があって供与対象国をウクライナを含め約50か国に限定せざるを得ませんでしたが、この5か月間でウクライナを除く殆どの国への配布が既に完了しています。

アビガンはいくつウクライナに供与されますか。

100名分、1万2200錠です。これは要請があった他の国に比べても多い数です。ウクライナにおける新型コロナ感染が一日も早く収束することを心から祈っております。

「ウクライナ語は、もうだいぶ話せるようになった」

大使の個人的な話をお聞かせいただきたいと思います。大使がウクライナ勤務を始めてから約1年半ですか。

1年9か月ですね。

もう結構経ちましたね。以前もウクライナにいらっしゃったことがあるのは存じておりますが、この1年9か月の間に、何かウクライナについて発見がございましたか。

再確認と言ったほうがいいと思いますけど、認識を新たにしたのは、ここの人々の温かさです。この国の人たちが非常に優しく我々に接してくれる、ということ。これは、実際にここに住まないとわからないことだと思いますね。今まで何度か来ましたけれど、住むのは初めてですので、そういった人々の温かさに接することができたというのが、自分にとってはとても嬉しいことです。

勤務を開始して間もない頃に、キーウの街を歩いていたら、全く見ず知らずのおばさんが、「よくウクライナに来てくれました」と言うのです。39年間外交官生活をしていますが、初めての土地で見ず知らずの人にそんなことを言われたのは初めてですね。冗談や遊びの感覚ではなく、本当に心から歓迎してくれているという気持ちが伝わって来ました。とても嬉しかったですね。この国の人の優しさとか温かさとかというものにきちんと接することができたというのが、自分にとって一番嬉しいことですね。

日本大使としてウクライナで仕事をなさる中で最も印象的なことは何ですか。大使がウクライナで仕事をする上で感じている、特別さや「やりがい」を聞かせてください。

この国の改革や様々な課題について、ウクライナの国家・国民にとってより良い方向に向けていくという作業を、微力ながらお手伝いさせて頂けるというのは、非常にやりがいを感じることです。これは、そう多くの国で感じることができるものではありません。

国を前に進めることへの協力ですかね。

はい、そうですね。そして、この国の方々も我々に対して非常に率直に自分の意見を述べてくれるし、真面目に対応して、真面目にきちんとした議論を我々としてくれますね。これは非常にやりがいのあることです。

倉井大使は、日本外務省ではロシア語の専門家として知られていますが、デーニ紙でのインタビューの際、ウクライナ語でも話せるようになりたいとおっしゃっていました。大使館のフェイスブック・アカウントにて大使がウクライナ語で話される動画が時々アップロードされています。これまでにどれくらいウクライナ語が話せるようになりましたか。

だいぶ話せるようになりましたよ(笑い)。ただ、もちろんある国の言葉というのは非常に奥深いですし、特にウクライナ語は非常に奥深い言葉だと思うので、そう簡単ではありませんけれども、普通のお店での買い物とか、簡単な会話であればだいぶ話せるようになったのと、スピーチはあらかじめ勉強して練習してからやるので、思いつきで話しているわけではないですけれど、すべてウクライナ語でできるようになりました。通常の会話で相手が言っていることも以前よりかなりわかるようになったと思いますね。まだまだ勉強しないといけないですけれど。

ウクライナ語の中で、好きな言葉はありますか。

ハールナ(編集注:гарна、きれいな、良い、の意)。

ああ、なるほど。いいですね。

すごく美しい表現ですね。ハールナ。

大使は、エミネ・ジャパロヴァ外務第一次官とお会いになった時に、クリミア・タタール語で挨拶されたと伝えられています。大使はクリミア・タタール語も勉強なさっているんですか。

私個人としてはもちろん関心がありますけれど、クリミア・タタール語まではまだ及んでおりません。正直に言いますけれど、ジャパロヴァさんとお会いした時は、事前に挨拶の「セリャーム・アレイクム(編集注:Selâm aleyküm、こんにちは、の意)」だけ覚えておいて、お話したのです。前任はパキスタンで大使をしていたんですけれども、そこの挨拶「アッサラーム・アレイクム」と共通性があるのですぐ覚えられました。

多くのウクライナ人が日本の文化に魅了されていますが、新型コロナウイルス感染拡大のためにイベントができない状態だと思います。数年前にキーウ市内の大型展示会場「ミステツキー・アーセナル」で開催されたようなイベント、「日本の日」のような日本の文化、歴史、現代芸術の行事の開催は計画されていますか。あるいは、日本の文学や映画についての何かしらのオンライン・イベントなどの計画はありますか。

ご指摘された「日本の日」というのは「ウクライナにおける日本年」(編集注:2017年)の時ですよね。非常に盛大に色々な行事をされた時だと思います。本当は、そういう形でできたらいいなと思っていて、今年もかなり色々な行事を予定していたんですけれども、正にコロナウイルスの関係でほとんどできなくなってしまいました。非常に残念なことです。今後のことについてはなかなか想像しにくいですが、コロナが落ち着いてきたらこれをしたいあれをしたいというのはあります。あとは可能な限りオンラインで、日本の芸術とか、文化とかですね、何かこちらの人に楽しんでいただけるようなことがどうやったらできるか、と色々検討しているところです。ぜひ続けていきたいと思います。

平野高志/キーウ

写真:ヘンナジー・ミンチェンコ