中込正志駐ウクライナ日本国特命全権大使
日本とウクライナは、今後は相互に助け合う関係になっていけると思う
2024年8月、ゼレンシキー宇大統領は、日本との関係を「真の戦略的パートナーシップに達した」と評価した。当時、日本によるウクライナ支援は高く評価され、ロシアの侵略戦争を公正かつ永続的な平和で終わらせるため、日本ができる限りのことをしていることに疑問を持つ人はほとんどいなかった。
それから2年。ゼレンシキー大統領は今年8月、再び日本との関係に言及したが、今回は大きな期待を寄せていた一方で、「成果は今のところ大きくない」と言及した。
実際、最近の日本には、これまでとは少し違った動きが見られる。日本は経済ミッションをモスクワに派遣し、日本の茂木外相はロシアのラヴロフ外相と接触した。さらに8月には、日本人学生をロシアに留学させる政府プログラムが7年ぶりに再開される。こうした動きを、日本の専門家の間では「ロシアへの擦り寄り」と見る向きもある。
もちろん、日本政府は対ウクライナ支援と対露制裁を続ける方針を示しており、日宇関係そのものが後退しているわけではない。では、この2年間で何が変わったのか。そして、日本は今後、ウクライナとロシアに対してどのような外交を展開していくのか。
まさにこの2年間、日本の駐ウクライナ大使を務めたのが、先日ウクライナを離れた中込正志氏である。キーウで日本によるウクライナ支援の最前線に立ってきた中込氏に、ウクルインフォルムは2年間の任期を振り返ってもらった。日本・ウクライナ関係の進展、昨今の対露政策、新たなエネルギー支援、ウクライナの汚職対策改革、そして日本からの殺傷性兵器供与の可能性などについて尋ねた。(なお、このインタビューは、ロシアのプーチン氏が被占領下の択捉島に入域する前に行われた。)
聞き手:平野高志(キーウ)
写真:パウロ・バフムート
この2年間、色々な分野で両国関係が進んできた
大使の異動の決定がこれほど早く出るとは思っていませんでした。
2年なので、外交官としては普通です。日本の外務省の大使任期は2、3年程度で、それ以上のものはあまりありません。、通常の夏の異動ということです。ウクライナは戦地ということもあるので、あまり長いと良くないという配慮はあったのだと思います。
残念だという気持ちは?
私としては、楽しんで仕事をしていましたし、この戦争が終わるまで見とどけたかったという思いはあり、それは残念です。でも、役人に異動は宿命ですから仕方がないかと思っています。
ゼレンシキー大統領は、2024年8月には、日本との関係を「模範」と評価していました。一方、今月3日には、高市政権に対する期待に比べて、「結果は今のところそれほど大きくない」と発言しています。この2年間で、日ウクライナ関係で何が変わったのでしょうか? 認識のずれや「ボタンの掛け違い」があったとお考えですか?
私は、認識のずれやボタンの掛け違いがあったということではないと思っています。むしろ、私自身色々な人から、この戦争が始まった時には日本がウクライナをこんなに支援してくれるなんて思わなかったという話を聞きました。そういう中で、多分2年前は日本が予想以上に支援してくれているという思いがあったのでしょう。その後さらに2年経つ中で、日本との関係が深まってきたが故の「もっといけるんじゃないか」という思いがあったのではないかと思っています。
実際、この2年間、色々なところで関係が進んできたと思います。ハイライトで言うと、去年、日本でウクライナ地雷対策会議を開催し、大阪万博では非常に素晴らしいウクライナ館を作っていただき、世界にメッセージを送ることができました。
また、過去数か月は訪問ラッシュのようになっていて、6月に山田経済産業副大臣と国光外務副大臣に来ていただいて、その後三谷法務副大臣に来ていただきました。今後もたくさんの訪問やミッションが予定されています。
経済関係の深化の最も典型的なものが官民協力だと思っています。私が東京にいた時に日ウクライナ経済復興会議がありましたけども、その時は多くの記者の人に、「戦争中の国でビジネスやりたい企業はあるんですか」と言われました。それが今や、もともとウクライナでビジネスをやっていた40社以外に、新たに90社の日本企業が(ウクライナとの)色々なビジネスに挑戦しています。そのため、私は、ここまで来られたなと感じており、1つの誇るべき進展だと思っています。
他方で、日本が最近ロシアとの間で様々な関係改善を目指しているかのような動きをしていることが、ウクライナで一定の懸念を呼んでいます。例えば、
・今年5月末、日本の経産省と外務省の幹部、日本民間企業の代表者がロシアを訪問。
・7月21日は茂木外相が日本の外相として全面侵略開始後初めてラヴロフ露外相と接触。
・シュヴィトコイ露大統領特別代表を繰り返し日本に招待し、安保局長などの政権幹部や自民党幹部との会談実施。
茂木外相は、ラヴロフ外相との接触後、ロシアは日本の隣国であり、「文化交流、人的交流を行っていくことも含めて二国間関係を適切にマネージしていくことが重要」だと発言しました。日本政府のこのような動きにつき、ウクライナでも日本でも「ロシアへの擦り寄り」ではないかと受け止める声があります。日本政府は、どのような意図でこれらの政策を進めているのでしょうか?
私は駐ウクライナ大使なので、日露関係は担当ではなく、細かいことは知らないですが、私が、政府関係者を含め、ウクライナの人たちにずっと申し上げているのは、日本の立場は特に変わっていないということです。ウクライナを支援して、ロシアに対して制裁を続けていくという方針は変わっていません。
それから、日本がロシアと隣国であることで解決しなければならない1つの問題としては、「北方墓参」があります。第二次世界大戦後、北方領土に住んでいた元島民の方々は、以前は毎年のように四島にある祖先のお墓を訪問できていましたが、コロナの時と全面侵攻が開始された2022年以降は全く訪問できなくなっています。
他方で、元島民の皆さんは年齢を重ね、今や平均年齢90歳を越えており、亡くなられる方も多くおられます。そうした中で、元島民の方々には何とかして生きている間に、一度でもお墓を訪問して先祖の霊を慰めたいという気持ちがあり、それに応えたいというのが日本政府の思いとしてあります。
その実現のために、色々な努力をしているのだろうと想像しています。私は、そういう話をよくウクライナの人たちに説明しています。
他方で、ロシアは、墓参再開の話をすると、対露制裁を解除しなければいけないという条件を出してきます。茂木外相は、ラヴロフ外相との接触後、日本は対露制裁を続けていくと発言しました。今年のG7首脳会談でも、ロシア・ウクライナ戦争の終結に向けてロシアへのさらなる圧力が必要だという観点から、対露制裁を強化していくことで合意しています。
しかし、日本政府が対露制裁を発動したのは2025年9月が最後です。そこで2つ質問します。日本はこれまでに発動した対露制裁を、ロシアの対ウクライナ全面侵略が終わるまで維持しますか? それから日本には新たな対露制裁を発動する準備がありますか?
日本の立場はG7と連携して制裁を継続していくというもので、この立場は変わっていません。制裁をいつ発動するかは、色々な要因を踏まえて東京で判断するのだと思いますが、日本の方針が変わったということはなく、今後もこういう方針に基づいて適切に対応していくと思っています。
日本大使館は、キーウなどが大きく攻撃された時に「私たちはロシアを非難する」というメッセージを出し続けています。その中で7月3日、木原官房長官はキーウへの攻撃について、「深刻な憂慮」という表現をしました。外交上、「憂慮」と「非難」は異なり、「憂慮」の方が数段弱い表現です。
そこで、私は中込大使のお気持ちを伺いたいです。大使は、キーウ市民が殺されたミサイルの着弾地点を何度も視察し、爆発音も聞いていらっしゃると思います。キーウ市民の苦しみや被害を実際に見てこられた大使として、ロシアによるこれらの攻撃についてどうお考えでしょうか?
ご存知の通り、大使館というのは日本政府の方針に従って動いてますので、別に何か違うことを表明しているということはなく、官房長官の発言にしろ、私たちの出しているメッセージにしろ、一貫した方針に基づいています。
いずれにしても、キーウに住んでいて、最近本当にロシアのミサイル攻撃が増えていて、空襲警報でシェルターに行かないといけない機会がすごく増えています。多くの壊された住宅の現場も見てきましたし、壊されてほとんどなくなってしまったエネルギー施設も見ました。本当に言葉にならないようなひどい被害の現場をたくさん見てきました。それを忘れずに、我々はウクライナを支援し続けていかなければいけない。そういう思いで私は仕事をしています。
最近では、東部ハルキウの「ラーノク」などの出版社の倉庫が焼けて、ウクライナ語に翻訳された日本の絵本も焼けてしまいました。
その倉庫で日本の絵本の翻訳が燃えてしまったことには、非常に大きな衝撃を受けました。日本の市民とウクライナの企業の協力でできた絵本を、もっと多くの人に届けたいと思っていたので、今回の出来事は本当にショックです。
ロシアは「ラーノク」社に限らず、多くの倉庫や物流拠点を攻撃していて、本当にもう胸が詰まる思いです。本の倉庫まで攻撃するのか、という思いです。ロシアが文化施設や博物館などを度々攻撃しているということは忘れてはいけないと思っています。
その絵本をもう一度支援し直すことは可能なんですか?
これは、日本政府は色々お手伝いをしましたが、日本の税金は全然入ってないプロジェクトで、日本の市民や企業の方々の寄付によって実現されたものです。
中心になっていた日本の会社からは、できればもう一回寄付集めをして、もう少し印刷できたら良いという思いがあると聞いています。
日本は、ウクライナがしっかりした準備で冬に臨めるよう、ウクライナと協力していく
日本は現在キール研究所の調査によれば、対ウクライナ支援額全体の支援額で6位で、特にエネルギー支援が顕著です。今年もまた、暗く寒い冬が近づき、しかも弾道ミサイルの迎撃に問題がある中、私たちは日本の新たなエネルギー支援を期待しても良いでしょうか?
この冬が大変厳しくなることが予想される中、日本として全力で支援していこうと行動しています。
ここに来る前、先ほどシュミハリ・エネルギー大臣とお会いして、この冬に向けて日本のエネルギー支援をどうするかにつき話しました。
エネルギー支援は届くまでに相当な時間がかかります。例えば発電機とか変圧器とかも、市場で買って1週間後に届くというものではなく、実際に届くまで半年とか1年近くかかるものです。
JICA(国際協力機構)やUNDP(国連開発計画)を通じて準備を進めてきており、今、色々なものが届き始めています。日本として、ウクライナと協力し、ウクライナがしっかりした準備で冬に臨めるよう、支援していきたいと思っています。
大体どれぐらい前に次の冬に向けた支援の準備を始めるものなんですか?
簡単に言うと、1年前、去年の冬に準備したものが今届き始めるという感じです。ですから、今から始めると来年の冬に支援が届く。多くのエネルギー機器は1年ぐらい調達に時間がかかります。
今回のエネルギー支援はどれくらいの人が裨益するのでしょうか?
今、そういう数字を持ってるわけではないですが、以前はできるだけ大きな、発電機だったり変圧器だったりを供与することがありがたいと言われていました。今のウクライナの要望は、大きいものはすぐにロシアに壊されてしまうので、むしろ分散化し、できるだけ小さくして、攻撃されにくいものが欲しいというものです。
我々も「分散型」という要望に応えられるように努力しています。
日本企業からもウクライナの腐敗を何とかしてほしいという声がある
先月ウクライナの国家汚職対策局(NABU)と特別汚職対策検察(SAP)が、バンコウ元外務事務次官の複数の支援金の着服の容疑を通知しました。裁判所での説明によれば、その中には日本からの寄付金も含まれることがわかり、(編集注:日本の政府の支援ではなく、一般市民が在京ウクライナ大使館に対して送った募金の一部)、日本社会では、当然ながら、怒りや失望の声が聞こえています。
一方で、日本は長年NABU・SAPといったウクライナの汚職対策機関に対する支援を続けてきました。その結果として、今回のような事件を摘発して、司法手続きを通じて責任を追及できる制度づくりに貢献してきました。
ウクライナの汚職対策、司法改革支援には日本にはどのような意義がありますか? 今後もこのような支援を続けていきますか?
この不正事案については、今刑事手続きが行われているところですが、これが事実だとすれば、在京ウクライナ大使館に日本の国民の皆さんが寄付した寄付金が不正に使われたということであり、日本国民の善意を裏切るもので、許されないと思っています。我々は事実解明をしっかりしてもらい、全ての情報を提供してほしい、厳しく対処してほしいということをウクライナ側に強く申し入れています。
ウクライナの腐敗対策を支援していくことは重要だと思っています。私は、日本の企業がウクライナの復興支援に関与していこうとして、色々な挑戦をしているということは先ほど申し上げましたが、その日本企業の皆さんからもやはりウクライナの腐敗を何とかしてほしいという声があります。ウクライナの腐敗対策を支援するのは、もちろんウクライナのためにもなりますが、それは日本の企業の支援にも繋がることであり、一生懸命やらなければいけないと思っています。
今はNABU・SAPの支援も行っていますし、もう一つ、ウクライナの税関改革の支援も、日本として一生懸命やろうとしているところです。
お話にあるように、日本の対ウクライナ政策では「法の支配」が重要な要素です。同時に、ロシアの侵略犯罪を扱う特別法廷の設置について、日本は「特別法廷設置基本グループ」には入っていますが、今のところ、その設立に向けた「拡大部分協定」には加わっていません。日本は今後この特別法廷にどのような形で関与していきますか?
ロシアの侵略の責任追及の議論には、日本は積極的に参画してきました。今後の関与のあり方については、色々な要素がありますので、関係国と連携して検討していくということだと理解しております。
日本にとっての重要なテーマは、ウクライナの復興があります。日本独自の技術を使ったウクライナの復興への貢献の可能性について、いくつか例を挙げて教えてください。
今多くの日本の方々が日本の技術を使ってウクライナ復興に貢献したいと思っています。日本政府は、これをぜひ後押ししたいと思い、努力しています。
例えば、「遠隔施工」という技術があります。これは工事用の機器を、遠く、いわば何千キロも離れたような安全な場所からでも操作できる技術です。日本では自然災害の後になかなか現場に入れないところがあり、そういうところで使うために発達してきた技術ですが、ウクライナに非常に危険な現場がたくさんある中で、それはウクライナの復興でも非常に役立つと思います。
また、農業の関係でいうと、日本の素晴らしい技術としては「瞬間冷凍技術」があります。新鮮な野菜や果物を瞬間冷凍し、世界中に届けられるようにする技術です。こういうものを使ってウクライナの非常に競争力のある農産品の世界への輸出をお手伝いするということもできるんじゃないかと思っています。
あるいは、日本の「モジュラーハウス」もあります。日本のモジュラーハウスは、高品質の住宅を短期間で比較的安価に作れる技術です。ウクライナの場合、住宅は戦後復興の非常に大きな課題ですので、そういうところでも貢献できると思っています。
日本政府は今年、「5類型」を撤廃し、一定の条件下で殺傷能力のある装備品の輸出を可能にしました。しかし、ウクライナは現在の制度では対象外です。他方で、ジョウクヴァ・ウクライナ大統領府副長官は今年2月、ウクライナと日本は「防衛装備品技術移転協定」の締結を計画していると発言しました。それは事実でしょうか?
「5類型」については、この春に日本政府が改定しましたが、ウクライナとの関係でいうと2つのハードルがあります。1つは「防衛装備品技術移転協定」を締結していないということ。もう1つは、ウクライナがまさに今戦闘が継続している国であるということ。ウクライナのような国は対象ではないということなので、今ウクライナにはいわゆる武器の供与はできません。
ウクライナとの「装備品移転協定」については、茂木大臣が国会などでおっしゃっていますが、今決定していることはなく、意思疎通を継続していくというのが、日本の立場です。
できれば大使でいる間に、公正かつ永続的な平和が実現するのをこの目で見たかった
中込大使は長年岸田文雄元首相の側近でした。その点で私が思い返すのは、2014年の7月17日、ウクライナ東部でマレーシア航空機が撃墜された日のことです。中込大使は当時岸田当時外相とともにキーウに滞在していらっしゃいました(私は当時日本大使館で働いていました)。当時のことや感情を覚えていらっしゃいますか? そして、あの日の戦争が、形を変えながら今日まで続いていることに関して、中込大使は今どのような思いを抱いていらっしゃいますか?
2014年に岸田当時外務大臣と一緒に(ウクライナを)訪問していました。帰国する日に、マレーシア航空機の撃墜事件というのが起こり、それで急遽当時岸田外務大臣がぶら下がりの記者会見を行ったというのを覚えています。
あの当時は、まさか自分がウクライナに来て大使になるなんてことは全く想像もしていなかったです。それから、もう12年経ってしまいました。私がここで2年過ごしている間に、できれば自分が大使でいる間に、公正かつ永続的な平和が実現するというのをこの目で見たかったというのが強い思いです。それが今もなお実現してないというのは本当に残念でなりません。
厳しい冬が来るかもしれないという中で、ウクライナを去らないといけないのは、心苦しい思いでいっぱいです。
ウクライナの経験からは、日本としても色々学ぶところがあると思う
2年間、大使としてウクライナで実際に暮らし、活動されてみて、ウクライナという国や国民について大使個人の理解において、大きな変化はございましたか?
私は、この地域の専門家ではないですが、ウクライナに来てすごく印象的だったことがいくつかあります。1つはウクライナのイノベーションの力です。今この戦争の中で、ウクライナが無人機の技術でロシアの物量に対抗していますが、その起業家精神や、その技術をどんどん開発していくイノベーションの力には、ウクライナに来てとても印象付けられました。
もう1つは、市民社会の力強さです。日本はどちらかというと、お上がこう言っているというとそれを尊重する文化ですが、ウクライナは政府がこう言ってるからといって、皆が「はい」と答える社会では全くない。皆が色々な意見を言って、その中で政府が決めていくところがあると思っていて、その活力を強く感じています。
ウクライナと日本の違いでさらに申し上げると、ウクライナの無人機産業が当初8社ぐらいだったのが、今や数百社まで増えています。ウクライナの誇るべき産業ですが、日本的な観点では、企業の数がちょっと多すぎるのではないかと思うんです。
例えば、ロシアとウクライナの関係では、ロシア側が当初量産に成功して、1日1000機「シャヘド」を飛ばしてくる時に、最初はウクライナ側がこれに全然対抗できなかった。
そういう時は、日本的に言うと、企業の数を減らして、少数の企業に資源を集中して、量産するという発想になります。しかし、ウクライナの人にそう言うと、「いや、違う。それは民間にやらせないといけない。政府が介入して、企業を選ぶと、腐敗の温床となって絶対うまくいかない」と言われる。民間に行動してもらい、競争させることによって、むしろイノベーションの力を引き出しているんですね。それがウクライナなんだと思っています。そういうウクライナの活力はすごいなと思いました。
高市総理をはじめ、日本のリーダーはよく、自律性と強靭性を高めることが重要だと言われます。それを非常に厳しい戦争の中で実践してきたのがウクライナじゃないかと思っています。兵器にしても、もともとは各国に戦車をくれ、「F16」を供与してほしい、中距離兵器を供与してほしいと頼んでいた。
それが、ウクライナはそういうものを自らどんどん生産して、自律化していき、今や半分以上の武器を自ら生産するようになっている。そのように自律性と強靭性を高めてきたから、ウクライナはこの4年半、ロシアの全面侵攻にここまで打ち勝ってきたのだと思います。
日本はウクライナから何を学ぶべきだと思いますか?
今日本は、年末までに国家安保戦略を策定することになっていますが、その中で1つの重要な側面が「新しい守り方」です。それから、継戦能力を上げて、長期戦に備えるということ。その両方とも、まさにウクライナが実践していることです。日本とウクライナの戦略環境は全然違うので、全くそのままというわけにはいかないと思いますが、ウクライナがどうやってここまで戦ってきたのか、どうやって国の独立を守ってきたのか、というのは、日本としても大いに参考になることがあるだろうと思っています。
離任前となる最後のメッセージとして、ウクライナ国民と日本国民に対してもメッセージをお聞かせください。
私は、ウクライナの経験からは、日本としても色々学ぶところがあると思っています。日本がウクライナを支援するというだけではなくて、日本はウクライナを支援するけれども、日本もウクライナから学び、今後は相互に助け合う関係になっていけると思ってます。そういう形になることで、より長期的で持続的な関係になっていけると信じています。
実際、日本では、ウクライナから学んだ方が良いという意見が大きくなっていますか?
私はずっとそう言い続けていますが、なかなかそういう理解は広まっていません。それは今後も訴えていきたいなと思います。