ロシアの対ウクライナ戦争におけるジェノサイド要素の分析報告書

米国とカナダの2つの研究所は、ロシア連邦がウクライナに対して行っている行動を分析した上で、各国がジェノサイドを予防しなければならないと結論付けている。

ロシアがウクライナにおける全面的侵略を始めてから3か月以上が経過した。ウクライナは、軍事、外交、経済、人道というあらゆる面で戦っている。同時に、非道な敵は、私たちの大地で、残酷かつ卑怯な行為を非常に頻繁に行っており、それには限度がないように思えるほどである。

しかし、その行動に対して、明確かつ、一義的な国際法上の定義を行う試みが行われている。米国とカナダの2つの研究所「ニューラインズ戦略政策研究所」と「ラウル・ウォーレンバーグ人権センター」が報告書「ロシア連邦のウクライナにおけるジェノサイド条約違反の独立した法的分析と防止義務」を公開した。ウクルインフォルムは、今回、ジェノサイド犯罪の国際法廷にて活動した経験のある者を含む、人道法の専門家たちが執筆した同報告書の概要を紹介する。

報告書の前書き

この報告書は、ロシアの対ウクライナ侵略について論争的で重要な問題の一つである、この戦争がジェノサイドの性質を有しているか、ということを初めて検討したものである。戦闘がまだ続いている中、現代の技術がこの問題を分析し、真実を知らしめることを可能にしている。

ジェノサイドという言葉は頻繁に使われ、また頻繁に議論されているが、自由な解釈を認めるのは有益ではない。現代の調査手段の可能性を利用して、適用される法に従って法的分析を行いつつ、明確に事実を考慮することが不可欠である。

これは、本件評価のために3つの専門家集団をまとめたニューラインズ研究所とラウル・ウォーレンバーグ・センターのプロジェクトである。参加するのは、司法専門家とジェノサイド問題専門家のチーム、オープンソース情報分析チーム、そして、すでにアクセス可能となっているこの戦争の被害に関する通信傍受記録や証言といった幅広い一次情報源リストを利用できる言語学者チームである。

ニューラインズ研究所とラウル・ウォーレンバーグ・センターは、ロヒンジャとウイグルのジェノサイド分析の多大な作業を実施してきた。特に、1948年のジェノサイド条約に従った新疆におけるジェノサイドの事実を確認する最初の報告書を作成している。

本報告書は、ロシアが、ジェノサイド条約第2条と第3条(c)の違反の国家として責任を追うと合理的に結論付けている。また、報告書は、ジェノサイドの非常に深刻なリスクが疑いなく存在するとも結論付けており、それは諸国家にジェノサイド条約第1条下の防止義務を発動させるものだと指摘している。

本報告書は、この種の最初のものであるが、しかし本件に関する最後のものではない。私たちは、今後追随する物が出てくることを期待している。

概要

この報告書は、ロシアによるウクライナ侵攻時のジェノサイド条約侵害の独立した分析が提示されている。同分析は、(1)ロシアが(a)ジェノサイド実行へ向けた直接的かつ公の場での扇動、(b)ウクライナ民族集団の一部を破壊させる意図をもった凄惨な行為、に責任を負っているとの結論付けるための十分な証拠、(2)全ての国家にジェノサイド予防の法的義務を生じさせる、ウクライナにおけるジェノサイドの深刻なリスクの存在があると結論づけている。

1:保護される集団(報告書の12ページ〜)

ウクライナ民族集団(The Ukrainian national group)は、国内レベルでも国際レベルでも認められており、ロシアによっても公式な国家間関係において認められている。すなわち、この集団は、ジェノサイド条約にて保護される。

2:ジェノサイドへの扇動(13ページ〜)

ジェノサイド条約第3条(c)に従えば、直接的かつ公的なジェノサイド実行の扇動は、それがジェノサイドをもたらすか否かにかかわらず、個別の犯罪となる。

3:国家としてのロシアによる組織されたジェノサイド扇動

a)ウクライナ・アイデンティティの存在の否定

ロシアの高官や国営メディアのコメンテーターは、個別のウクライナ・アイデンティティの存在を繰り返し否定してきた。彼らは、自らのアイデンティティをウクライナ人だとする者たちがロシアの一体性を脅威にさらしている、あるいはナチであり、そのため罰の対象となるとほのめかしている。保護される集団の存在の否定は、国連の大規模残虐行為の評価基準に従えば、ジェノサイドの具体的な指標となる。

b)鏡の中の非難

「鏡の中の非難」とは、歴史的に繰り返されてきた強力な扇動形態である。加害者は、実際には自分たちが犯そうとしている残虐行為につき、ターゲットとする集団がそれを計画していると非難し、その集団を存在上の脅威として描き、その集団への暴力は、自衛であり不可欠だとする。プーチン大統領とロシアの高官は、ウクライナへの侵攻の口実として、ロシアが支える分離主義者の支配する地域でウクライナがジェノサイドを実行したあるいは民間人を惨殺したと断罪したのである。

c)「非ナチ化」と非人間化

ロシア高官と国営メディアは、侵略の主要な目的の一つを「非ナチ化」だと繰り返し述べ、ウクライナ人を何度も「人間でないもの(非人間)」(「ゾンビ化されている」「けだものの性質」「下等」)、あるいは「病にかかっている」「冒されている」(「クズ」「汚物」「無秩序」)あるいは実存的脅威であるとか、悪の顕現(「ナチズム」「ヒトラーユーゲント」「第三帝国」)のように形容してきた。このレトリックは、多くのウクライナ人や一世代全体をナチス主義者だとか死の敵のように描き、彼らを殲滅が当然で必要な対象かのように表現してきた。

d)ウクライナ人を実存的脅威として構築

ロシアのコンテクストでは、国家が組織した扇動キャンペーンは、現在の侵攻をソ連のナチスドイツとの実存的戦争と結びつけている。その際、ロシアの聴衆に対する、大量の残虐行為の実行あるいは支持を目的とした、プロパガンダの影響を強めている。現ロシア安全保障副書記であるドミトリー・メドヴェジェフは、2022年4月5日に、『自らを第三帝国へと変え…ウクライナは同じ運命を辿る…同国はそれに値する! その課題は瞬時には履行されない。課題は、戦場のみで履行されるのではない』との文を投稿した。ロシアにおいて対ナチスドイツへの勝利の栄光の日として讃えられる、国家でもっとも重要とされる戦勝記念日の前日には、プーチン露大統領がウクライナ東部のロシア分離主義者たちに対して、ロシア人が「ナチスの汚物から故郷を解放するために」戦っていると主張し、「勝利は1945年同様私たちのものだ」と誓う祝電を送っていた。ロシア正教会は、歴史的類似性を公に認めた上で、ロシアのナチス主義者との戦いを高く評価した。

e)ロシアの聴衆を残虐行為実行・支持へ仕向ける準備

クレムリンは自国軍が犯す残虐行為を否定し、ウクライナにおける大量殺人を行った疑いのある兵を褒賞し、彼らにはその実行の機会を、ロシア社会に対しては更なる残虐行為を賞賛する機会を与えている。クレムリンは、支配するメディア空間と激しい軍事検閲を通じて、自らのプロパガンダを発信し、強めることで、社会を直接的に扇動することを可能としている。プロパガンダ扇動の拡散を行っているのは皆、影響ある政治家や宗教指導者、国営メディアの代表者であり、プーチン大統領本人も含まれる。ロシアの兵士たちが、残虐行為実施の際に、国のプロパガンダを述べるというような、ロシア兵のプロパガンダの受容、反応を示す証拠が増え続けている。その中には、「ナチスの娼婦全員」をレイプすると脅したり、「ナチ狩り」「私たちはナチからお前たちを解放する」と述べたり、「処刑」の後に「おまえたちを汚れから浄化するために私たちはここにいる」と述べたりする事例を含む。

4:ジェノサイドの意図(21ページ〜)

ジェノサイドが他の犯罪と異なるのは、「保護される集団」を完全にあるいは部分的に破壊するという「意図」にある。その意図は、基本計画(公式な声明、文書、政策)が存在する、あるいは、保護されるグループを対象とした残虐行為の体系だった性格を認めることができるといった証拠がある場合の国家の行動によって、その存在が認められる。ジェノサイドの5つの行動とされる、殺人、深刻なダメージ、生命に脅威を及ぼす条件の意図的な創出、出産を阻害する方策の行使、児童の他集団への強制的譲渡もまた、全体としてジェノサイドの意図を示し得るものである。

a)基本計画

ウクライナ民族集団の一部を破壊する「基本計画」は、現在の侵攻を推進するジェノサイドへの扇動、あるいは戦時戦術を示す残虐行為の暴力的概要や手段によって示すことが可能である。

5:ウクライナ人を対象とする破壊のパターンからのジェノサイド意図についての結論(23ページ〜)

a)大量殺人

ロシア軍は、ウクライナの民間市民を被占領地にて、典型的な殺人手段である、手の拘束、拷問、近距離での頭部への発砲による処刑を利用した大量銃殺のために集めた。ブチャにおける詳細に記録された大量殺戮は、現在アクセスできない被占領地においてロシア軍が行使している一貫した戦術を示し得るものである。ロシアが支配する地域における集団墓地の数は急速に増えており、それは捜査官や衛生写真で確認されてきた。ただし、殺人の完全な規模は、ロシア軍が支配する地域へのアクセスが得られない限りは判明しない。

b)避難所、避難経路、人道回廊への意図的な攻撃

ロシア軍は、体系的かつ狙いを定めて避難所や避難経路を攻撃している。これは、戦争戦略の一部に見える。また、包囲された地域、戦闘が行われている地域にて、民間人を殺している。

c)居住地域への無差別爆撃

ロシア軍は、少なくともウクライナの8州の人口密集地に対して、実質的に広範囲にダメージをもたらす無差別武器あるいはクラスター弾を広範に使用している。

d)ロシアの軍事包囲:意図的かつ体系的な生命に脅威を及ぼす条件の創出

ロシア軍は、ウクライナ人をウクライナ国内や国境の外から不断に砲撃し続けながら、同時に意図的に生命に脅威を及ぼす条件を作り出している。

・重要インフラの破壊:包囲した町にてロシア軍は類似の残酷なモデルで行動している。まず、水・電気供給源と通信源を呼応撃し、それから医療施設、穀物倉庫、人道支援分配センターを目標としている。これは、意図的にウクライナ人にとって死の条件を作り出す軍事戦略・政策を示している。これらのロシア軍のウクライナ民間の生活必需品を奪い、人々を破滅的条件に捕らえることを目的とした調整された行為は、包囲が物理的破壊を期待したものであることを示している。4月15日時点で、ウクライナ東部には、紛争の被害を受け、清浄な飲料水へのアクセスのない人が140万人おり、然るべき水へのアクセスのない人が460万人いた。

・保健システムへの攻撃:5月25日時点で世界保健機関は、ウクライナの保健システムに対して248件の攻撃を記録した。ロシア軍の一貫し、かつ意図的な産科病院への攻撃は、特にそのジェノサイドの意図を明示するものである。その攻撃は、ジェノサイドの5つの行為中の4つ(殺人、深刻なダメージ、生命への脅威をもたらす条件創出、安全な出産の阻止)に該当する。

・生活必需品、人道支援、穀物の破壊と奪取

ロシア軍は、数十万トンの穀物のロシアへの収用を含む、大量の穀物を破壊・奪取し、また人道支援を繰り返しブロックする、あるいは奪取し、あるいは民間人を避難させる職員を妨害・拘束することで、飢餓を戦争の手段として利用している。

・その他の生命に脅威を及ぼす条件

ロシア軍は、人々を必需品のない場所に拘束しており、それがしばしばひどい空調環境や飢餓による死をもたらしている。

e)強姦・性的暴力

ロシアにより占領されている地域における性的暴力・強姦についての報告の規模は、集団強姦、子がいる場所での親への強姦、親がいる場所での子への強姦、性奴隷を含む、ロシア軍人による行為の拡散と体系性を示している。強姦と性的暴力は、処刑や拷問による死が生じる場合、ジェノサイドの証拠となり得る。強姦と性的暴力は、極度のトラウマによって長期的な身体的・生物学的破壊をもたらすことがよく知られている。それは、自殺、感染症、出産ができない/出産したくない状態を引き起こす。この戦争における性的暴力の規模は時間が経過して明らかになるものだが、おそらく完全に明らかになることは決してないだろう。

f)住民の強制移送

ロシアは、侵攻開始からウクライナ領からロシア領へ100万人以上の住民の移送を報告しており、その中には18万人以上の児童が含まれる。難民自身と(ウクライナ)政権関係者は、彼らが力づくで移送させられた、あるいは暴力行使の脅威のある中で移送させられたと述べている。ウクライナ政権関係者は、ドンバス地方からの児童の養子縁組プロセスを加速するために法改正が行われていると報告しており、同時にロシアへ送られたウクライナの子供たちはロシア語レッスンを強制的に受けさせられる。ウクライナの児童のロシアへの強制移送は、ジェノサイド条約第2条(e)によりジェノサイド行為に該当する。

g)集団の一部を破壊する意図(36ページ〜)

対象の集団の一部を破壊する意図は、死者数だけでない。ウクライナ人を対象とした蛮行の規模は、作戦地域あるいはロシアの支配する地域の観点から評価すべきである。ロシア軍は、占領地からの撤退の際に、至近距離からの大量発砲、拷問、重要インフラの破壊、強姦、性的暴力を含む、集中的な物理的破壊の様々な痕跡を残した。ウクライナの指導者あるいは活動家を拉致・殺害し選択的に迫害することも、ウクライナの民族集団の部分的破壊の意図の証拠である。なぜなら、それらの人々はグループを代表する、あるいはグループが生き残るために決定的に重要だからである。

6:ジェノサイド防止義務(38ページ〜)

国家には、ジェノサイドの深刻な脅威が判明次第、自らの国境内でのジェノサイドの予防の法的義務が生じる。その端緒はこの報告書に明確に示されており、つまり国家は現在、それについての意味を否定できない。ジェノサイド条約は国家に対して、ジェノサイドの防止とジェノサイドの脅威から社会の脆弱な層を促す然るべき行動をとる最低限の法的義務を課している。