本日ウクライナは「第二次世界大戦の追悼と対ナチズム勝利の日」
ウクライナは本日、5月8日、「1939〜1945年の第二次世界大戦の追悼と対ナチズム勝利の日」に制定されている。
最高会議は2023年、ナチズムに対する勝利を称え、第二次世界大戦の犠牲者を追悼するための唯一の日として5月8日を法律で制定していた。
ウクルインフォルムが伝える。なお、この日は、ウクライナにおいて戒厳令が終了した後に休日となる予定である(編集注:戒厳令下では平時で休日扱いになる祝日が休日扱いにならない)。
ウクライナにおいて、5月8日に第二次世界大戦終結を記念するという習慣は、2000年代初頭に市民団体によって始められていた。その後、2014年に、ウクライナ国家記憶研究所及び文化省が国のレベルでこれを支持。2015年には、まず大統領令により、その後脱共産化法によって、5月8日が「追憶と和解の日」(休日扱いではない祝日)として導入された。同時に、当時のウクライナ社会では、それまでに定着した習慣の放棄をまだ受け入れる準備ができていなかったとされ、5月9日は「対ナチズム勝利の日」として残されていた。
その後、2023年、ゼレンシキー大統領は、5月8日を第二次世界大戦の追悼と対ナチズム勝利の日と定める法案を最高会議に提出。さらに、ゼレンシキー氏は、ウクライナが5月9日を欧州連合(EU)と共に「欧州の日」として祝うことを定める大統領令に署名した。
なお、2014年以降、ウクライナでは欧州と同様に、第二次世界大戦の記憶の象徴として「リメンブランス・ポピー(記憶のポピー)」が用いられている。これは、心臓を貫通した弾丸を様式化したものであり、また戦場における生命の復活の象徴ともされている。
総じて、ウクライナにおける欧州的な追悼伝統への移行は「尊厳革命」後に始まった。これは日付の変更だけでなく、重点の置き方の変更となっている。つまり、兵器や勝利を崇拝する5月9日から、ナチズム克服に向けた様々な社会の貢献を称え、人間や、その苦しみと喪失への注目への変化である。「追悼と勝利の日」は、第二次世界大戦がドイツのナチス体制とソ連の共産主義体制という2つの全体主義体制の間の合意と、世界の主要国が侵略国に抵抗することを回避した結果として始まったことを思い起こさせるものである。
当時、反ヒトラー連合の一員としてのウクライナ人は、ナチズムとその同盟国に対する勝利に多大な貢献をした。数百万人のウクライナ人が様々な国家の正規軍の一員として戦い、数十万人が地下活動や蜂起運動に参加した。ウクライナの企業は防衛のために活動し、ウクライナの大地は主要な戦場の1つとなった。
ナチズムと共産主義という2つの全体主義体制は、ウクライナ領土の占領中に、ホロコースト、大量殺害、諸民族の強制移送など、民間人に対する数多くの犯罪を犯した。第二次世界大戦におけるウクライナ人の損失は約800万人に上り、そのうち500万人が民間人、300万人が軍人である。
現在、ロシア連邦は、スターリン体制を継承する国として、第二次世界大戦に関する神話を印象操作と、2014年に始まり、2022年2月24日に全面侵攻へと発展した対ウクライナ侵略の正当化のために用いている。