ガブリエリュス・ランズベルギス・リトアニア前外相
プーチンが唯一恐れているのは、ウクライナ人
リトアニアの政治家で、同国の前外相であるガブリエリュス・ランズベルギス氏が、9月の国際会議「ヤルタ欧州戦略会議」(YES)に出席するためにキーウを訪れた。彼は9月16日からスタンフォード大学の国際安全保障・協力センターで新たな学術職に就く準備をしている。そこで彼は、国際安全保障と民主主義の研究と議論に参加していく予定だ。
ランズベルギス氏は、キーウ滞在時、ロシアから欧州への新たな空の攻撃の可能性、侵略国との和平交渉におけるウクライナの戦略、第二次世界大戦時のフォアグラ制裁について、ウクルインフォルムに語った。
聞き手:アンナ・コスチュチェンコ(キーウ)
写真:キリロ・チュボチン/ウクルインフォルム
過去3年半、私たちはプーチンにエスカレーションの余地を残してしまった。
キーウ訪問の目的は何ですか?
私は「ヤルタ欧州戦略会議」(YES)に参加するためにここへ来ました。私は、同会議に参加することを自分にとっての「恒例」にしようとしています。同会議は、ウクライナを支援する多くの人々と会う素晴らしい機会であり、特定のメッセージを強化する機会でもあります。
ロシアのポーランドに対する攻撃についてのあなたの反応を、様々なメディアで目にしました。本件は、ポーランドからウクライナへの物流ルートにどのように影響しますか。また、この攻撃に対するNATOとEUの反応全体をどのように評価していますか?
これが、ポーランドがウクライナを助ける覚悟を、そしてポーランドだけでなく、NATO全体の覚悟をむしろ強固にすることを期待しています。少なくとも社会の一部で、ウクライナの空を閉鎖すべき時が来たという議論が始まったことを嬉しく思います。このような事件が起きなければ、議論が再開されないのは非常に残念なことです。私は、プーチンがその行動で何を望んでいたのかと聞かれています。おそらく、彼はウクライナへのさらなる支援に関して疑念を抱かせようとしたのでしょう。それが実現すれば、彼にとって大きな勝利となったはずです。
私は、それは反対の効果を持つだろうと思っていますが…。
ええ、私たちは正に反対に受け止めるべきです。過去3年半の最も深刻な過ちの1つは、私たちがプーチンにいわゆるエスカレーションの余地を残してしまったことです。彼は、どこまで、どのような手段で進むかを自分で決めています。彼が一歩進むと、私たちは「もしかしたら、ウクライナをもっと助けるべきかもしれない」と議論を始めますが、その後、通常、私たちは半歩しか進まないのです。その後、彼はまたさらに前進し続けます。私たちは、そういうこと全てが生じることを許してしまったために、今このような状況に陥っているのです。私が懸念しているのは、そういうことがまた繰り返されるかもしれないということです。私たちは(北大西洋条約)第4条に基づいて集まり、議論し、協議し、「私たちはできることはあまりない」と述べます。そして、全てをそのまま放置しておくのです。
中国は欧州での戦争に参加していることをよく理解している
EUの第18次対露制裁パッケージをどう評価していますか? それは十分に効果的だと思いますか?
私はすでに18回、同じ状況に陥っています(ほほえむ)。全体として批判はしにくいです。なぜなら、どんな制裁であろうと、ロシアに対するさらなる圧力ではあるからです。そのため、基本的には、制裁は良いものです。しかし、私たちは次のことを理解せねばなりません。「私たちはロシアを止めることができたか?」 私はそう思いません。それはつまり、私たちの制裁が弱すぎたこと、遅すぎたことを意味します。常にそうでした。今やロシア人が制裁を回避する方法を見つけたことは明白です。中国はロシアにとって戦争の主要な助っ人です。彼ら(中国)は、自らの展望からのみではなく、自分たちが欧州での戦争に参加していることをよく理解しています。彼らは、それで都合が良いのです。ですから、私たちにとっての問題は、本当に私たちが彼らの協力、互いに支援し合う能力を止めたいのかどうか、あるいは、その連合の存在が続くのを許すのか、という点にあります。私は、私たちが今よりもっと断固として行動すべきだと思っています。そして私は通常、新しい制裁パッケージに関する発表が、制裁そのものよりもはるかに厳しい響きを持つことを批判しています。
ダン・ヨルゲンセン欧州委員(エネルギー担当)によれば、一部のEU加盟国はロシアの天然ガスを買い続けているとのことです。つまり、一方では欧州が制裁を科しながら、他方ではまだ侵略国から天然資源を買っているということです。あなたは、そのことで制裁プロセスが損なわれていると思いますか?
私は以前どこかで次の話を読んだことがあります。第二次世界大戦前、ナチス・ドイツがチェコスロバキアに侵攻し、イタリアがボスニアと北アフリカに侵攻した際、フランスはイタリアの…フォアグラに対して制裁を科したと。天然ガスでも石油でも製造業でもなく、そんなものに対する制裁です。それがどれほどの損害をもたらしたかは想像できるでしょう。そのため、私には、今のことは歴史の繰り返しのように見えます。
最近のロシアの石油精製所に対するウクライナ防衛戦力の行動をどのように評価していますか? それらは最高の制裁でしょうか?
ええ、それらは素晴らしいです。それは環境にとっても(笑)、ウクライナにとっても、欧州にとっても非常に良い制裁です。以前にも言いましたが、朝、ニュースを開いて戦争の状況を見る時、私に希望を与えてくれる、真の希望を与えてくれる唯一のものは、ウクライナ人がロシア人に打撃を与える能力です。なぜなら、全体像を見れば、米国がウクライナへの援助を実質的に停止したのを目にしています。欧州の国々は部分的にそれを引き継いでいますが、私には彼らが十分に補填できるとは思えません。では、力、あるいは勝利はどこからやって来るのでしょうか? ウクライナ人からです。それらの攻撃は極めて大きな成功です。私はただ、ウクライナがこれを絶え間なく行うためのさらなる能力を得られることを願っています。ロシア人が毎晩、損失を被り続けていくことを理解するべくです。そして、まさにその点で欧州は助けることができるのです。私たちは、ウクライナの能力に投資し、そのような種類の兵器を生産する能力を高めることができます。
欧州は2021年時点のウクライナのように、全面戦争についての考えを否定している
和平プロセスは膠着状態に陥っているように思えますが、一方でロシアはウクライナの民間人へのテロを続けています。この「ツークツワンク」(編集注:チェスの指す度に損する盤面)のような政治状況において、ウクライナの人々に何かアドバイスはありますか?
ゼレンシキー大統領は、他の国々が行うべき例として、私も使っている、かなり良い道を見つけたと思います。一方では、彼は上手な外交ゲームをしようとしていますね。彼がツイートで「ありがとう」と述べている回数を数えようとしたことがあります。それは1日に何百回もです。しかし、他方で、そしてこれは私が非常に気に入っている点ですが、それは彼が行なっていることの主なことではなく、彼は物乞いの立場にはないということです。彼は、ウクライナの尊厳を体現しています。それが私が感銘を受けている点です。私は、その意味で、私たちがもう少しウクライナ人のようであれば良いのにと思っています。なぜなら、欧州の人々を見ると、私たちは常に懇願しているからです。私たちはトランプ氏に「去らないで」と懇願したり、プーチンに「ウクライナの土地を奪ってしまい、私たちのことは安全なままにしてくれ」と懇願したりしています。私たちはウクライナ人のように勇敢であるべきです。
(リトアニアの)メディア「デルフィ」は、ウクライナ人が西側の名誉を守っているというあなたの発言を引用しています。EUでは、「ウクライナ人がここで自国だけでなく欧州も守っている」、そして「プーチンは欧州全体を脅かしている」という考えは広まっていますか?
私は、それらの考えは、東翼の国々でより理解されていると思います。しかし、東翼の国々でさえ、政府の公式なコミュニケーションは状況を鎮めようとしています。私は、ウクライナも2021年時点には似たような状況だったのを覚えています。米国が「戦争が近づいている」と言い始めたら、ウクライナの大統領と政府は、人々(ウクライナ国民)が出国しないように、企業が国を去らないようには、人々を落ち着かせた方が良いかもしれないと言っていました。すなわち、私たちは今、少し2021年のウクライナのようなのです。あなた方が最初だった。だから、そのような状況でどのように振る舞うべきかを学ぶ余地がなかったのは無理もありません。私は、私たちが現実に関して、そしてもしウクライナがこれ以上ロシアに抵抗できなくなった時には何が起こり得るかに関して、もう少し警戒して欲しいと思っています。私たちはそのことについて語ってきました。ウクライナ人が戦うための新しい手段を見つけ、新しい武器などを開発していることを嬉しく思っています。しかし、ウクライナがそれを永遠にできるとは、どこにも書かれていないのです。人々は亡くなっている。これは倫理や他の多くのことに対峙する、凄惨な戦争です。そして、もしかしたら、いつかウクライナは「終わりだ、もうこれ以上は無理だ」と言うかもしれないのです。
欧州では、ロシアによるエスカレーションが強まっていくだろう
率直に言うと、私はウクライナ人として、それら「深い懸念」というのは、もうそれほど「深く」はないという感じを覚えています。私たちは多くのそのような攻撃を経験し、民間人の犠牲者の中には児童もいます。それなのに、世界では「戦争疲れ」のような現象が見られるように思えるのです。あなたは私の見方に同意しますか?
(編集注:戦争疲れの言及は)ウクライナの外の(外国の)話ですか? ええ、それは状況へのある種の慣れであり、ポーランドとの間で生じた事件の時のように、プーチンが私たちを再び目醒めさせるまで続いていくでしょう。今は、誰もがショックを受けていますが、この傾向は強まっていくばかりでしょう。同様のことが起こらないと考えるだけの根拠は全くないのです。ご存知の通り、「ああ、トランプ大統領は平和のために多くのことをしたなあ」と言う人たちはいます。しかし、現在毎日どれだけの無人機が飛来しているか、その数は以前はどれだけだったか、数を見比べると、実態は全く異なることがわかります。
500機以上です(編集注:1日にウクライナに飛来する無人機の数のこと)。
ええ。そして、その数は以前は100機だったし、(当時は)それでも多かったのです。今はその5倍です。これが過去半年間で私たちが達成した「平和の数」です。そのような中、どうしてプーチンに止まる必要があるでしょうか。彼は何を恐れているでしょうか? 唯一、彼が潜在的に恐れているものを挙げるなら、それはウクライナ人です。
平和の確立のためには、私たちは代償を支払わなければならない。なぜなら、ウクライナはすでに私たちの代わりに代償を支払っているのだから
最後に、YES会議でのあなたの主要なメッセージは何になりますか?
それは、私たちが何について話すかによりますね。ウクライナについて、私が西側の聴衆と話す場合、私は通常、ウクライナの真の意義と中心的な役割について説明しようとしています。脅威というのは、自然に消えるものではありません。ただ寝て、朝目を覚ましたら、全てがうまく行っている、と考えてはいけないのです。残念ながら、そうはいきません。いくつかの根源的な物が壊されてしまったのです。
世界秩序が破壊されました。
そう、世界秩序が破壊されました。そして私たちは、未来の世界秩序がどのようなものになるかについて話しているのです。私たちは、もうそれを体験しています。もし私たちがまだ、2021年の中を生きていると考えているなら、それは間違いです。今あるものは、すでに新しい世界秩序なのです。これが私の主要なメッセージです。
実践的な話をするならば、それは「安全の保証」の話であり、「ウクライナにとっての真の安全の保証とは何を意味するか」です。私たちは、ウクライナに安全の保証を与えるが、「それはプーチンが許す場合に限る」とか、部隊は駐留させるが「それはウクライナ西部に限り、プーチンが再び攻撃すれば撤退する」というような戦略的コミュニケーションからは、抜け出す時が来ています。そういう考えには、不都合な真実を突き付けて対抗しなければなりません。すなわち、「私たちがもしウクライナを助けたいのであれば、私たちはそのための代償を支払わなければならない」というものです。なぜなら、ウクライナは今もう、私たちの代わりに代償を支払っているのですから。