ゼレンシキー大統領、28年前のウクライナ独立国民投票実施を祝うメッセージ発出

ゼレンシキー大統領は、1991年12月1日のウクライナ独立を問う国民投票実施を祝うメッセージを発出した。

1日、大統領が自身のフェイスブック・アカウントに書き込んだ

大統領は、「28年前、独立宣言の支持を問う歴史的な国民投票が実施された。ザカルパッチャ州、ヴォリーニ州、ドンバス地方、リヴィウ州、オデーサ、ハルキウ、ドニプロ、ルハンシク、クリミア、祖国のあらゆる場所にて、ウクライナ人90%が『ウクライナは存在すべき!』と述べたのだ」と書き込んだ。

大統領はまた、その時以来、人々は皆、団結して独立した国にともに暮らすべく、言語、性別、信仰を問わずに団結しているのだと伝えた。

大統領は、「今日既に、独立ウクライナで生まれて、自分の子どもを生む、一つの世代が存在している。彼らは、私たちの未来である。そのために、私たちは、今後も団結せねばならない」と強調した。

なお、1991年12月1日、ウクライナでは、同年8月24日に最高会議により採択された「ウクライナ独立宣言」の確定を問う国民投票が実施された。

同国民投票にて、90.92%が支持を表明しており、また全ての自治体において、独立支持が過半数を越えていた。クリミアでは54.19%、セヴァストーポリでは57.07%、ドネツィク州、ルハンシク州、オデーサ州、ハルキウ州では80%以上がウクライナ独立への支持を表明した。イヴァノ=フランキウシク州、リヴィウ州、テルノーピリ州、ヴォリーニ州、リウネ州、ジトーミル州、キーウ州、フメリニツィキー州、チェルカーシ州、ヴィンニツャ州では、独立支持は95%を超えていた。

投票日の翌日、1991年12月2日には、ポーランドとカナダがウクライナの独立を表明。同月4日には、リトアニアとラトビアがこれに続いた。日本は、1991年12月28日に独立を承認(国家承認)している。

また、1991年12月1日の国民投票は、同時に第一回ウクライナ大統領選挙も実施されており、その際、レオニード・クラウチューク氏が初代大統領に選出されている。