ウクライナの元・前大統領3人もポーランドの勲章を返上
ウクライナのクチマ元大統領、ユシチェンコ元大統領、ポロシェンコ前大統領の3名は20日、ポーランドのナヴロツキ大統領が歴史問題を根拠にゼレンシキー宇大統領から勲章を剥奪した決定への不同意の表明として、ポーランドの勲章を返上すると表明した。
それぞれ、本人あるいは代理人がフェイスブック・アカウントで発表した。
クチマ元大統領は、広報担当のオリフェル氏を通じて、「ポーランドのナヴロツキ大統領による、ウクライナのゼレンシキー大統領からポーランドの白鷲勲章を剥奪するという決定に関連し、私は1997年に授与される光栄を得たこの勲章を拒否することを決定した」との声明を公開した。
写真:オリフェル氏(フェイスブック)
クチマ氏は、自身の大統領在任期間全体を通じて、ポーランドとの友好関係の構築を自身の主要な優先課題の1つとみなしていたとし、ポーランドの当時大統領のクファシニェフスキ氏と共にそのために最大限の努力を傾けてきたと回顧した。
そして同氏は、自身とクファシニェフスキ氏は、ウクライナとポーランドの国民間の関係における歴史問題の解決に特に注意を払い、その結果として2003年に和解に関する共同声明が出されるに至ったと喚起した。
同氏はその上で、「『私たちは許し、許しを乞う』。まさにこの原則を、私とクファシニェフスキ大統領は、偉大なポーランド人である教皇ヨハネ・パウロ2世の精神的仲介のもとで策定した。数十年にわたり、この原則は機能していた。ウクライナとポーランドの本物の友情は現実のものとなった。その証明が、ロシアによる全面侵攻の最初の数時間からポーランドがウクライナに提供してくれた、あの計り知れない支援だ。そして、ナヴロツキ大統領による現在の非友好的な一歩が、これら全てを帳消しにすることはできないと私は確信している」と伝えた。
同時に同氏は、現在、自身にはポーランドの最高勲章を辞退するほかに選択肢はないと強調した。
同氏はその際、「ウクライナが、歴史的な主張を口実に侵攻してきたロシアとの戦いに応じたのは、今日になって今度は他の国々から私たちの歴史を指図され、誰を敬うべきかを決められるためではない。私は、ウクライナとポーランドの友情及び同盟関係が維持されると信じている。しかし今日、私は悲しみと不安を感じている。敵が攻撃してくるのは1つのことだ(編集注:それはまだわかる)。全く異なるのは、敵対関係が友人たちを引き離すことだ(編集注:より苦しいことだ)。そして、さらに恐ろしいのは、その友人たちにさらに共通の危険が迫っている場合だ」との見方を述べた。
そして同氏は、歴史は記憶されねばならないが、過去が未来よりも重要であることはあり得ないと強調した。
そして同氏は、「過去の悲劇の、痛切で激しい、しかし幻肢痛のような痛みが、東方にある帝国の力の現実かつ現在の脅威を見失わせるほどに盲目にさせてはならない。その力は、かつて既に私たちの両国民から国家を奪ったことがあり、それを再び試みようとする意図を隠していない。ウクライナとポーランドは、かつてないほどお互いを必要としている。両国の政治家はそれを自覚しなければならない」と訴え、「私は彼らの知恵に期待している」と補足した。
ユシチェンコ元大統領による勲章の返上は、広報担当のヴァンニコヴァ氏がフェイスブック・アカウントで発表した。
ヴァンニコヴァ氏は、「勲章は特定の個人にのみ授与されたのではない。何よりもそれは、自らの自由、独立、そして自国で生きる権利のために極めて高い代償を支払っているウクライナ国民への敬意のしるしとなったのだ」と強調した。
そして同氏は、だからこそ、現在この決定を見直そうとするいかなる試みも、一人の政治家への態度の枠を大きく超えるものだとし、それは前線で毎日自国を防衛し、後方で勝利のために働き、この戦争で最も大切な人々を失っている何百万人ものウクライナ人を必然的に傷つけるものだと訴えた。
同氏は、第二次世界大戦中の討伐作戦によるポーランド人犠牲者を追悼した2009年のリヴィウ州フタ=ピェニャツカにおける、ユシチェンコ氏とレフ・カチンスキ氏の目に浮かんでいた涙をよく覚えていると伝えた。そして同氏は、「それは、贖罪、相互の許し、及び死者への追悼の誠実な涙だった。当時、ユシチェンコ氏とカチンスキ氏は、意識的に和解の道を選んだ。その数年前、私たちの大統領は、ポーランドのパヴロコマ村でウクライナ人犠牲者を共に追悼し、過去の悲劇的なページにもかかわらず、ウクライナ・ポーランド間の相互理解の必要性を強調していた」と回想した。
同氏は、それはユシチェンコ氏とカチンスキ氏が共に構築した歴史的和解の政策の最も鮮明な例の1つだったと指摘し、当時ウクライナ人とポーランド人は、共通の歴史の容易ではない、そして痛みを伴うページを通り抜けていたと形容した。そして、話し合いは容易ではなかったが、相互の敬意、誠実さ、お互いを理解したいという願望に基づいて構築されたと伝えた。
同氏はそして、「まさにそのようにして、ウクライナ人とポーランド人の間の本物の和解、敬意が生まれたのだ。同様に、私は全面侵略の最初の数か月を決して忘れない。ポーランドとポーランド国民は、ウクライナに最初に援助の手を差し伸べた国の1つだった。そして、そのことに私たちは常に感謝し続ける」と述べた。
同時に同氏は、「ウクライナは今日、自国だけを守っているのではない。私たちの軍人は、全欧州の東の国境を守っている。そして、ウクライナとポーランドの結束を弱めるいかなる一歩も、結局はクレムリンの利益のためにのみ機能する」と訴えた。
ポロシェンコ氏もまた、フェイスブック・アカウントでメッセージを発出した。
同氏は、ナヴロツキ大統領によるゼレンシキー氏から白鷲勲章を剥奪するという決定は誤りであり、ウクライナの国民に対して不公正なものであると形容した。
そして同氏は、「(編集注:ロシアの)メドヴェージェフが既にそれを歓迎したのも偶然ではない。クレムリンは、ウクライナとポーランドの間の団結を弱めるものには、常に拍手を送る」と指摘した。
加えて同氏は、その勲章は国家元首たちではなく、ウクライナとポーランドと全欧州を防衛しているウクライナの戦士たちに授与されたものであることを喚起した。
同氏はその上で、「そのため、私は白鷲勲章を辞退することを決定した。2週間前、私は調整評議会で同僚たちに対し、ナヴロツキ大統領に誤った決定を下させないよう説得することができなければ、私はこの一歩を踏み出すと約束していた。残念ながら、説得はできなかった」と指摘し、この一歩(勲章辞退)は決してポーランド国民に向けられたものではないとも補足した。
そして同氏は、困難な時期にウクライナ及びウクライナ人を支援してくれたポーランドへの自身の感謝は不変のものだと強調した。
また同氏は、現在、ウクライナとポーランドの間のいかなる危機も、外交の問題であるだけでなく、安全保障の問題であり、だからこそそれは即座に解決せねばならないと訴えた。
これに先立ち、ポーランドのナヴロツキ大統領は19日、ウクライナのゼレンシキー大統領からポーランドにおける最高位の白鷲勲章を剥奪する決定を下していた。
20日、ゼレンシキー大統領は、ポーランドのナヴロツキ大統領がゼレンシキーしから剥奪の意向を発表した同国の白鷲勲章をナヴロツキ氏宛に郵送したことを報告していた。
なお、5月27日、ゼレンシキー大統領は、ウクライナ軍特殊作戦軍独立特殊作戦センター「ピウニチ」に対し、「ウクライナ蜂起軍(UPA)の英雄」という名誉称号を付与していた。
これを受けて、ポーランド外務報道官は29日、この決定を非難した。
ウクライナのティーヒー外務報道官は29日、ポーランドとウクライナの歴史には栄光ある出来事も悲劇的な出来事もあるが、UPAの英雄賛美に反ポーランド的な意図はなかったと指摘した。
6月2日、ウクライナのミシチェンコ外務次官とポーランドのウカシェヴィチ駐ウクライナ・ポーランド大使代行は、今回の名称付与をめぐる、ウクライナとポーランドの社会の受け止めにつき協議を行っていた。
写真:大統領府