イリーナ・ベケシキナ社会学者(民主イニシアティブ基金総裁)
ウクライナは、まだ家父長的で、成熟しており、他者に寛容で、でも悲観的な国
24.02.2020 17:02

社会学者であり、民主イニシアティブ基金総裁であるイリーナ・ベケシキナ氏は、まだ誰からの回答もない、宙を漂うような質問に対する答えを有している人物のようだ。彼女は、社会で最も関心の持たれている議題について、数字を示す。彼女は、社会を確かに感じ取り、社会の需要に速やかに対応する。私たちは、ウクライナの進む道、私たちの抱く恐怖、感情、未来について、彼女と話すことにした。


イリーナ・ベケシキナさん、私には、ウクライナは2004年に分断状態に入り、いまだにそこから抜け出せていないという印象を抱いています。しばしば対立にさえ生むその分断は、最初はユシチェンコとヤヌコーヴィチという「東と西」として現れ、その後、「ヤヌコーヴィチとマイダン」となり、その後は、「ポロシェンコとゼレンシキー」という形となっています。この分断は小さくなったのでしょうか?

私は、その対立は選挙がもたらしたもの、と指摘します。なぜなら、社会が最初から分かれていた、外政方針について西と東で分かれていた、というのは明らかなことですが、選挙になるまではその対立は鮮明ではなかったのですから。私たちは、選挙前の時期を含め世論調査の際に、「あなたにとって最も重要な問題は何か」と尋ねていますが、言語や外政方針と回答する者の割合は、他の回答と比べかなり低いのです。とてもよく覚えていますが、ドネツィク州にて、言語の問題を最重要と答えた回答者の割合は多い順で13番目、ルハンシク州で17番目でした。ただし、クリミアでは4番目でした。ただ、選挙時期になると、人々ははっきりと「味方」と「他者」に分かれます、西側出身候補者と東側出身候補者のように。ところで、クチマは、選挙出馬中は、西のクラウチュークに対抗する東の候補者とみなされていました。

ユシチェンコは、西の候補者でした。ポロシェンコは、(2014年)第一回投票で当選しましたが、その時は東からの同レベルの候補者というのがいなかったので、東の人々は選挙をほとんど無視しました。東部は投票に行かなかったのです。もしかしたら、全ての地域で勝ったというのは、ゼレンシキー氏の勝利が唯一の事例かもしれません。彼は、若干少ないながらも西部でも、そして東部・南部でも勝利しました。つまり、そのあなたのいう、分断というものは、2014年以降は著しく小さくなっているのです。ゼレンシキー氏は、皆にとって「僕らの青年」であり、民衆の中の青年であり、最後の奉仕者であり、そうするともはや彼がNATOに賛成しているか反対しているか、EUかロシアかというのは、さほど重要ではなくなるのです。一人一人が、自分側の人間の登場を期待していたのであり、正にそのために、不明瞭さこそが彼の選挙キャンペーンにおける戦術・戦略でした。彼の対立候補は(ところで彼は野党生活党から多くの票を奪いました)、彼が欧州統合やNATOに関して自らの立場を明白に表明したら、支持は低下するだろうと期待していました。しかし、彼が立場を明らかにしても、彼の支持は減りませんでした。なぜなら、人々にとって、結局それらは最重要テーマではないからです。更には、これらの地域(東部・南部)によって、全体の欧州統合への支持は少し増えています。つまり、民衆のロジックは、「人気者政治家が西に行くべき、と言うなら、多分本当にそうなのだろう」というものなのです。

その選挙であなた方にとって何か新しい発見はありましたか?私たちは、記者仲間とともに、選挙を振り返ってみて、私たちが自国民のことを全然知らなかったのだとの結論に至りました。私たちは皆軍やボランティアを支持していましたが、他方で、平和の候補者(編集注:ゼレンシキー)が大差で勝利したのです。

私は長年世論と付き合っていますが、私にとっても選挙結果は意外なものでした。誰もあそこまでの勝利は予想していなかったでしょう。外からの人が最高会議に入る、議会選挙でまあまあの結果を得るということは予想していましたが、まさか大統領選挙で勝つとは…。私たちは、わかるでしょうか、結局のところ…(ここでしばらく言葉を探す)、未熟なのです。「魔法使いが私たちのところにやってくる」との期待を胸に秘めて暮らしており、もしかしたらそのせいで、私たちは概して貧しいままなのかもしれません。同僚の一人は、その(ゼレンシキーの)勝利を選挙革命だと呼んでいますが、それは私の評価といくらか一致します。「新しい人」に対する需要は、非常に高かったのです。

今日、60%の人々が大統領を「改革のエンジン」だとみなしています。公共料金は高いし、約束には遅延が見られるのに…。

なぜなら、まだ期待しているからです。私の大統領への見方は若干好転しました。私は、大統領を真摯な人物だと思っているし、本当に皆が良く暮らせるようにしたいと考えているのだと思っています。彼は異なる見方、異なる利益、異なる需要を抱える人全員にとって良くなるようにしたいのでしょう。

しかし、「全員に」というのは無理なのです。そうでしょう?

変えるべき客観的環境というものがあります。それは非常に大変です。輝かしい未来への道をきれいにしたいのでしょうが、その道には、全くもって様々な障害が横たわっており、それを一掃するのは非常に大変なのです。どれだけの力が必要かわかりません。

「未経験の大統領」という名の実験の最初の数か月は、まだ失敗していないと思いますか?

まだです。60%の人が彼の改革実現に関する行動を肯定的に評価していることが、分かっています。1月の選挙に関する世論調査を見てみましょう。人民奉仕者党は、様々なスキャンダルがあった後も44%の支持を得ています。

ウクライナ国内の対立で、国家が破綻する脅威は残っていると思いますか?

私は今のところそのような脅威は目にしていません。ないと思います。私が見ているのは、別のことです。選挙前までは、ゼレンシキーが政権を取り、国の方針が変わり、ロシアに回帰することになり、全て変わってしまう、との大きなおそれがありました。今、私はそのようなことはない、と述べています。方針の変更はないし、それはおそらく、政権が市民社会の意見によく耳を傾けていることが理由であり、その社会の意見の大半は親欧州的だからです。

必ずしもそうとは言えないでしょう。重要なポストの任命が社会の考えに反して行なわれたのですし。

そうですね。しかし、過半数はそれに対して関心を抱いておらず、大体にして、そいつは誰だ、と思っているのです。ほとんどのことは、ソーシャルメディア上の闘いに過ぎません。真に私たちにとっての脅威は、混乱でしょう。その任命の話ですが、誰かが誰かを任命するというのもまた偶然の産物です。時間が十分あるにもかかわらず、きちんとした公募をする代わりに、誰かが誰かを知っていて、誰かかが誰かを推薦したから、といって、任命を行なっています。国家捜査局でバビコウ任命のスキャンダルがありました(編集注:ヤヌコーヴィチ元大統領の弁護士をしていたオレクサンドル・バビコウ氏が国家捜査局の副局長に任命された出来事)が、どこから彼がやってきて、なぜ彼が任命されたのでしょう。私は、もしかしたら、ベネディクトヴァ国家捜査局長が個人的に彼を知っていて、同局長にとって彼が都合が良いというだけで任命されたのではないかと思っています。私は、その件でロシアやらヤヌコーヴィチやらの何かしらの深刻な陰謀があるとは思っていません。そういうことが、全くもって偶然の産物であることは非常によくあることです。

貴団体の愛国心に関する調査にて、面白い数字が示されていました。西部の住民は、愛国心とは概ね言語のことだと考えているのに対し、東部の住民は、税金の支払いだと思っているというものです。社会全体のために、この二つの見方をまとめるにはどうすると良いでしょうか?

その地域的差異は、調査の中の主要な点ではありません。西部と東部の人の間に自分の国への愛があるという点では、両者に違いはないのです。また、愛国心として認めるものとして2番目に回答が多かったのは、「自らの国を守る」という人々の心の準備でした。人々は「武器を使ってでも守る準備がある」と答えたのです。私は、それは当然の回答だと思っています。皆に国を守る準備があるわけではないでしょう。しかし、その回答は「どうあるべきか」という考えを示しているのです。東部でも西部でも、「必要となるなら、国は守るべきだ」と回答したのです。それが愛国心です。また、異なる地域の間で、愛国心についての共通の見方は他にもありました。それは、「歴史の知識」や「子どもへの愛国心教育」です。地域的な違いにアクセントを置くなら、あなたが指摘したとおりです。西部では人々は民族・文化的価値を志向し、東側では経済的価値を志向しています。その調査では、西部では税金支払いを愛国心の表れだと思う人の割合が最も少なく、23%であったのに対し、東部でははるかに多く40%でした。

政権に対する敬意に関する設問では、西部ではその敬意を愛国心のあわられとみなす割合が最も低く、東部で最も高い結果が出ています。つまり、東部の方が西部より、国家的なものをより高く評価しているのかもしれません。

それは、私たちウクライナの人々がかつて二つの帝国(編集注:ロシア帝国とオーストリア=ハンガリー君主国)に分裂していたことの弊害ではないでしょうか?それぞれが、属していた帝国の慣習を受け継いでいるということでは?

その可能性は否定しません。そうですね、では例えば、社会の活発さに関する指数を見てみましょう。社会の活発さは、常に、どんな政権の時も西部の方が高いです。(2013~14年の)マイダンは、国民の50%が支持し、40%が不支持でした。そして、その(マイダン支持の)50%のうちの15%が現場でマイダンを守っていたり、集会に参加したり、募金をしたり、食べ物を提供したりといった、何らかの形でマイダンに参加したと回答しています。他方、(マイダン不支持の)40%のうち、反マイダン集会に参加した者は、2%しかいないのです。

あなたの考えでは、ウクライナのアイデンティティは形成過程にあると思いますか。それとも形成し終えたと思いますか。

私は、アイデンティティは既に形成済みだと思っています。あるいは、ウクライナ・アイデンティティは急速に形成されているが、その「核」となる部分は既に形成されている、という考えです。なぜなら、アイデンティティは、子供たちがどのような教科書で勉強をするかに、大きく左右されますから。子供たちがウクライナの学校で、ウクライナ語で勉強し、センター試験を受けるとなると、やはり、教科書に左右されます。その教科書には、私たちが勉強したのとは違う歴史が教えられており、それは重大な要因なのです。私が子どもの頃は、ソ連の歴史であり、ウクライナと言うのはソ連やらロシア帝国の一部として教えられていました。今教えられている歴史は別のものです。その歴史が、私たちが映画や芸術を作る際の助けになっています。私は、それが逆行する可能性があるとは思いません。

ロシアの大規模なプロパガンダがあってもですか?

影響力の話だけではないのです。人は、自らの確信により近いものを模索します。人々は、ある種のテレビを見るから親露志向になるわけではないのです。反対で、彼らは自らの志向にもとづいたテレビチャンネルを選ぶのです。親ウクライナ志向を持つ人々は、基本的に、そのようなテレビは見ません。

貴団体には、民主主義への考え方を示すような調査結果がありましたね。半数のウクライナ人は民主主義を最良の体制だと考えており、20%は権威主義を受け入れる準備があると答え、20%はどのような体制でも良い、という無関心な回答でした。

その数は、正に悪くない、悲しむ必要のないものです。確かに20%は権威主義への準備を示していますが、52%は民主主義を支持しています。より詳しく言えば、若者の間では56%が民主主義を支持し、高齢の人々の間では46%なのです。次の世代の間では、民主主義支持は更に増えることでしょう。権威主義の支持は、どの年齢層も、どの地域でも、だいたい20%でした。制度に無関心という回答をしたのは、高齢回答者が多く、地域では特に東部が多かったです。

社会は、(ドンバス地方における)恩赦や戦争の終結への準備がありますか。

もちろんです。人々は平和を求めています。ほぼ皆が求めています。しかし、どのような代償で求めているのでしょうか。平和の代償というのは様々ですが、しかし、人々にとっての(越えてはならない)レッドラインは、東部諸州を含む社会全体にとってはっきりしています。例えば、恩赦一般、全く区別なくあらゆる者への恩赦を受け入れると答えたのは8%のみです。ある者は、戦闘に参加した者も恩赦対象にしてよいが、犯罪や拷問を犯した者ではなく、塹壕にいただけなら良い、と考えています。またある者は、武器を手にした戦闘員は恩赦してはならないが、「国家機関」にて、幹部ポストでない職で働いていた者、中間ポスト、事務職、教師、医師なら恩赦して良いと思っています。またある者は、全く誰も恩赦対象にしてはならないと思っています。また、被占領地の解放ないままに選挙を実施する、というのももう一つのレッドラインだとみなされています。人々は、その結果として何が起こるかわかっているからですね。

(編集注:ポロシェンコ前大統領の大統領選挙時の)スローガン「軍、言語、信仰」は、選挙で反応を得られませんでしたが、それが意味するのは、その3つが社会一般にとっての価値になっていないということなのでしょうか。

それは価値ですが、率直に言えば、基本的価値ではないです。基本的な価値とは、結局のところ平和だとか、生活水準だとか、汚職の撲滅なわけです。そして、その基本的価値こそが今うまくいってないのです。汚職を例に挙げましょう。国民全体が見るような公の場での断罪や逮捕というものはどれだけあったでしょうか。6年経ったのに、「ダイヤモンド検察官」にさえ何もないのです。わかりますか。私の家の近くには小さな市場があって、そこではおばさんたちは全員私のことを知っています。マイダン後の最初の1年、1年半ぐらいは、彼らは賭けるかのような言い方で「で、誰が牢屋に入れられたんだい?」と私に尋ねました。それからしばらくすると、今度は皮肉を込めて「で、誰か牢屋に入れられたのかい?」と聞きました。その後、彼らは尋ねるのを止めました。私は、彼らに聞くのです、「おばさん、どうして牢屋の話を聞かなくなったの?」と。すると彼女たちはこう答えるのです、「何を尋ねると言うんだい。誰も牢屋には入れられないんだろう。彼らは、前いたやつらと同じだよ」と。そして、この「期待外れ感」が政権交代の基本的原因の一つとなったのです。

それはあなたが焦点を当てている集団の話ですか?

そうですね、ある程度はそうです。なぜなら、このおばさんたちは、かつて2014年には、私たちとともに「ウクライナに栄光を!英雄たちに栄光を」と挨拶していた人たちですから。

私は最近、ウクライナのプロフィールと呼べるものを表そうと努力しています。そこで、次の質問はこうです。ウクライナは、リベラル的な国でしょうか、保守的な国でしょうか。

保守的です。多くの点で、保守的です。

キリスト教的ですか?

ええ。ただ私は、深遠なキリスト教がウクライナにあるとは言いません。ウクライナ西部では、そうですね、人々は教会や、ミサ/聖体礼儀に常に足を運び、機密を行なっています。ただ、私たちの信仰はむしろ儀礼的なもので、お祝い事の際に卵や水を成聖するような形で現れます。時々教会へ行き、亡くなった人に祈りを捧げ、歌を歌う、つまり、儀礼的なのです。しかし、ウクライナは、家父長的ではありますね。

ウクライナは、ジェンダーに意識的なのか、家父長的なのか、という問いとなると、「意識的ではない」ということになるのですか?

ジェンダーのテーマで言えば、ウクライナは、ここ数年大きく前進しました。初めて決定的な前進をしたのは、ナタリヤ・ヴィトレンコ氏が大統領選挙でもう少しで決勝戦に出られそうになった時(編集注:1999年)です。その次は、ユリヤ・ティモシェンコ氏が台頭した時ですね。彼女達の行動により、人々は「女性でも何かできるのだ」と思うようになりました。私たちの調査には、「女性は幹部職に就けると思うか」というコントロール的内容の設問があります。私たちは、その質問で、主に誰が女性の幹部職就任に反対しているかを調べているのです。その調査から分かるのは、反対しているのは年配の男性だけ、ということです。つまり、ウクライナ社会には、女性の幹部職に就くのを妨げるような懸念要素はありません。しかし、障害は別のところにあります。大半の人が今も、家事をするのは女性だとみなしており、それが女性の義務であり、それ以外のことは後のことだ、と思っています。すなわち、女性は「ベレヒーニャ(家の護り手)」だとみなされているのですね。私たちが、義務を平等に分担できる時が来るまでは、次の一押しはないでしょう。

それはどう刺激したらいいですかね。

若者は別です。私は、自分の学生や同僚を見ていますが、若い家族の間では、ウクライナ人は、例えばギリシャのような家父長的家族ではもはやないのです。ギリシャは、国家宗教を抱える国で、正教的国家宗教があり、そこでは男性と女性の役割が明確に分かれています。しかしながら、ギリシャでも女性が大統領になりましたね。全てが変わっているのです。

ウクライナは、他者に対してオープンでしょうか。つまり、寛容ですか?移民を喜んで受けるでしょうか。

寛容です。ウクライナは寛容ですが、しかし、誰に対しても、というわけではありません。ウクライナが寛容なのは、大なり小なり、自分に近い集団に対してです。また、旧ソ連の民族に対しても寛容です。なぜなら、アゼルバイジャン人やジョージア人というのは、今でも皆同じく「自分側の人」とみなされているからです。しかし、アラブ人やアフリカ系の人々となると、不安を持って接するようになります。しかし、敵意はありません。私たちは、結局のところ他者に敵対的に接する人々ではないのです。もしかしたら、互いに疑いを持っているかもしれませんけど…、いや、私たちにはそういうのはないですね、私はないと思っています。

どうしてウクライナはこうも悲観的で、長年の間自らを不幸だと感じているのですか?

ええ、私たちは不幸です。でも、面白いことを知っていますか?私たちはどうやら不幸らしいし、貧しいようだし、ウクライナは何もうまくいかないようだし、不満を述べるのが好き、大好きです。他方で、私たちが新年に行なった調査の中で「あなたは幸せですか?」と質問したら、「幸せです」と答えが返ってきたのです。

本当ですか?

ええ。

つまり、気分次第で幸せになるということですか?

更には、「来年あなたは幸せになると思いますか?」と尋ねると、返事は「そう思います」となりました。しかし、「ウクライナにとってより良い年になりますか?」と尋ねると、「回答困難だ」と返ってきました。

私たちウクライナ人は、国の可能性ではなく、自分のできる範囲のことについては良い評価を下すのです。私は、これにはマスメディアの罪があると思っています。なぜなら、人々は国のことは報道で知りますから。自分については、私の給料はこれくらいだった、ちょっと儲けている、仕事は変えていないけどちょっと蓄えができた、と考えるのです。外国への航空便がどれだけ増えたか考えてください。ローコスト航空便がどれだけウクライナに飛ぶようになったか。ある時夜中に弟に空港で会ったことがありますよ、それぞれトルコとエジプトと目的地は別でしたが。それが皆にとっての話でないのはわかります。しかし、そんなことは以前はなかったでしょう?それが幸せの指数なのです。また、社会的自己認識という客観的指数もあります。それは社会学研究所の20の問題からなる例年のモニター調査で、1995年から続けられているものです。その調査では、20点から60点までの得点がつけられ、60点だと人々皆が満足している、20点だと誰も何にも満足していない、という状態が示されます。過去数年にわたり、この指数で、私たちはマイナスの結果でした。ある時、この調査を行なうナターリヤ・パニナ氏が、いつかウクライナ人がこのゼロの境界線を超える日を夢見ていると述べていました(つまり、肯定的回答が否定的回答を超える時のことです)。そして、2018年、とうとうこの数値が40点を超えたのです。そして、2019年も同様でした。

私たちは、泣き虫メンタリティを克服したのですか?

いや、克服はしていません。まだ克服したとは言えません。わかりますか。テレビを見ると、何もかも悪いかのように報じられています。良いことも起きていると示さなければならないのですが、良いことは面白くない、面白くないから映さない、その結果、「私のところはいいけど、社会全体ではダメだ」というような印象が生まれるのです。

あなたは、自分の国の人々に満足していますか?

彼らは私の人々です。私は楽観主義者です。私は、私たちはゆっくりながらも何だかんだと上にのぼっていて、時々後退したり、時々足を絡ませたりしながらも、時々また別のことを起こしながらも、それでも結局は上に向かって這い上がっていると思っています。私は記憶力は良いもので、昔のことを良く覚えているのですよ。1990年代のこと。その時からすれば、私たちの前進は明白ですよ。

ラーナ・サモフヴァロヴァ、キーウ

写真:ウクルインフォルム

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