ウクライナと日本が安全保障分野で協力を深めるには何をすべきか

ウクライナと日本が安全保障分野で協力を深めるには何をすべきか

ウクルインフォルム
ウクライナと日本は、共通の価値と脅威を有すと言われるが、その協力は今のところ限定的である。ウクライナは、安全保障分野で日本と協力するために、何を理解すべきだろうか。

執筆:平野高志(ウクルインフォルム)

アジアは中国のみにあらず、またインド太平洋はアジアのみにあらず、だからこそ日本はウクライナに対して、より広い視野を持って東を見ることを提案している…。2月16日にキーウ(キエフ)にて外交シンクタンク「新欧州センター」が主催したフォーラム「アジア戦略の実践 ウクライナ日本間協力の役割」では、そのようなメッセージが聞かれた。今回の議論が特徴的であったのは、従来からの議題であるウクライナ・日本間二国間関係の他に、安全保障分野における「共通の脅威」も議題となったことだ。

ただし、その議論は、ウクライナ側と日本側の登壇者の間に、相互理解があったとは言いにくいものであった。ウクライナの登壇者たちはしばしば、ロシアの脅威を主張し、ロシアこそがウクライナと北方領土問題を抱える日本にとっての共通の脅威だと指摘したのに対し、日本の登壇者たちは、中国の政策に対する日本の懸念へとウクライナ側の注意を向けようとしていたからだ。唯一の例外は、同フォーラム開催と同時に発表された、アリョーナ・ヘトマンチューク新欧州センター所長が執筆した分析ペーパーであろう。同ペーパーには、ウクライナがと日本側の関心事がバランスを持って指摘されている。

同時に、今回のフォーラムは、対アジア戦略の実践を始めたウクライナに対する日本からのメッセージを理解する上で示唆に富むものであった。

国際秩序を守ろうとする日本の視点

日本からの登壇者たちは、中国もまた、ロシア同様に、国際秩序を変えようとしているのであり、ウクライナは中国の行動により注意を向けるべきだと指摘した。彼らは、ロシアのクリミア武力奪取とドンバス侵略を、中国による南・東シナ海における拡張政策展開と比較し、その上で、ロシアと中国の行動は、個別の地域的現象としてではなく、日本とウクライナが属する民主的世界全体にとっての共通の脅威とみなすべきであると主張した。そして、だからこそ、日本は、ウクライナとの安全保障上の協力の可能性を模索している、というのである。

小原凡司笹川平和財団上席研究員は、中国による南シナ海をコントロールする試み、それによる米国や日本などの国のインド洋へのアクセスをブロックする試みに関する日本の懸念を詳説し、そのような中国の行動は自由で開かれたインド太平洋(FOIP)やグローバル・サプライチェーンを損なうものだと指摘した。(なお、ウクライナでは、FOIPはしばしば、「アジア太平洋地域」の代替用語として紹介されてきたが、実際には、両者にはコンセプト面の大きな違いがある。FOIPは、強国が有利に問題を解決できたり、小国の決定を妨害したりすることが認められるような秩序とは異なる、法の支配、自由(航行の自由など)の遵守を求める地域諸国にとっての共同発展の方向性として提案されたものである。)

小原は、日本は、その他のパートナー国とともに、中国の振る舞いを変えつつ、南シナ海の状況を解決すべきであると指摘し、同時に、ウクライナと日本は、権威主義体制の国々を打ち負かすためではなく、そのような国々からの脅威から国際秩序を効果的に守るために協力すべきだと主張した。

鶴岡路人慶應大学准教授は、現在欧州の国々がかつてないほどにアジアの問題に関心を持っているとし、例えば、アジアの安全保障問題の解決に英国やフランスが関与しており、最近になってドイツもその動きに加わったと指摘した。鶴岡は、そのような関心の高まりが起きているのは、欧州とアジアの問題が現在ますます相互に連関してきており、欧州の国々が東方の問題を「他者の問題」として扱うことができなくなっているからだと指摘した。なお、鶴岡のこの指摘は、過去数年、フランス、ドイツ、オランダがインド太平洋への自国のアプローチを定める政治的文書を採択していることからも確認できる。

鶴岡路人慶應大学准教授
鶴岡路人慶應大学准教授

鶴岡は、アジアの問題は、現在ウクライナにも影響を及ぼしていると指摘する。ウクライナへの影響については、ウクライナの戦略的企業「モトール・シーチ」を中国の投資家が獲得しようとしていること、これに対してウクライナの国家安全保障国防会議(NSDC)が中国投資家に制裁を発動したことを考えれば、理解できよう。米国だけでなく、日本もまた、中国によるモトール・シーチ買収問題に関心を持っていることは、これまでに指摘されている。

リトルブルーメン、経済要因、日本とウクライナの対中姿勢の違い

同時に、ウクライナには、日本側がどの程度ウクライナが向き合う現実を理解しているのだろうか、という疑問もあろう。というのも、ウクライナは、7年にわたりロシアの侵略から自国を防衛しており、その戦争により経済発展が妨げられる中で、外国からの投資を渇望しているからだ。加えて中国は、ウクライナにとって最大の貿易相手国である。

フォーラムにおける発表からは、日本側の登壇者はそのこともよく理解しているように思われた。小原と鶴岡は、ロシアのハイブリッド脅威、クリミア占領時に現れた「リトルグリーンメン」、ロシアによる現状変更の試みに言及した。鶴岡はとりわけ、中国は、そのようなロシアの行動をよく分析しており、それをアジアで応用しようとしていると指摘した。例えば、クリミアの「リトルグリーンメン」の中国版となる「リトルブルーメン」がアジアで見られるという。リトルブルーメンとは、南シナ海にて漁師の姿をして現れるが、実際には中国政府のコントロール下にある者たちのことを指す。鶴岡は、そのような現象が、ウクライナと日本にとっての共通の脅威なのだと指摘する。

セルギー・コルスンスキー駐日ウクライナ大使は、「海の脅威」こそが、ウクライナと日本を団結させるものだと述べ、アゾフ海で生じている問題と、南シナ海の島において中国が軍事基地を建設していることを喚起した。同時に大使は、経済要因についても言及し、ウクライナにとっても日本にとっても、中国は最大の貿易相手国であり、貿易全体に占める対中貿易の割合は、ウクライナでは13%、日本では22%に上ると指摘した。大使は、そのため、たとえ中国が日本にとっての脅威であっても、日本が中国と揉めることは不可能だと強調した。

セルギー・コルスンスキー駐日ウクライナ大使
セルギー・コルスンスキー駐日ウクライナ大使

確かに経済要因を無視することはできないし、経済要因が「想像の手錠」とでも呼べるような深刻な依存状態を生み出し、決定を採択する上での自由を制限するケースは珍しくない。例えば、2014年のクリミア占領やドンバス侵略の初期段階における西側諸国の対応や、あるいは、現在建設が続けられるロシアの新天然ガスパイプライン「ノルドストリーム2」に対するドイツ政府の執拗な建設支持の立場を思い出せば、そのことはよくわかる。だとすれば、言うまでもなく、中国問題に関しても、経済要因をどのようにコントロールするかこそが重要となろう。(なお、新欧州センターは、中国問題に関しても分析ペーパー『戦狼とウクライナ』を発表している。同センターは、ウクライナ政権に対し、中国の投資によるリスクを詳しく分析した上で、対中「レッドライン」を設けるべきだと主張している。)

東野篤子筑波大学准教授は、日本と中国の対ウクライナ・アプローチは正反対であると指摘する。東野は、日本は、ウクライナに対して、民主的かつ自由で、欧州連合(EU)加盟を目指し、法の支配の確立を求める、日本と多くの価値を共有する「欧州の国家」として向き合っているのであり、だからこそ日本はウクライナをサポートしているのだと指摘する。

これに対して、東野によれば、中国は、旧ソ連構成国であり、共産政権の過去を共有し、EUにまだ加盟しておらず、法の支配がまだ確立していない、ウクライナのような国において、利益が得られる余地を模索しているのだという。すなわち、このアジアの2国は、秩序・発展に関し、ウクライナを正反対の方向へ引っ張っているというわけである。

東野篤子筑波大学准教授、セルヒー・ソロドキー新欧州センター副所長
東野篤子筑波大学准教授、セルヒー・ソロドキー新欧州センター副所長

日本の対ウクライナ協力と対ロシア協力

東野はさらに、興味深い協力フォーマットを提案している。昨年「ルブリン・トライアングル」(編集注:ウクライナ、ポーランド、リトアニアの協力フォーマット)が発足したことと、日本が伝統的に「GUAM+日本」や「V4+日本」のような、地域国家グループとの協力を好むことを喚起しつつ、東野は、「ルブリン3+日本」や、「ウクライナ・ジョージア・日本トライアングル」といったフォーマットによる対話を開始することを検討しても良いのではないかと述べた。東野はまた、ウクライナと日本のシンクタンク間、研究者間協力も支持すると発言した。

また、コルスンスキー大使は、日本とウクライナは2年前にすでに実務レベルでの第1回「2+2」安全保障対話を行っていることを喚起しつつ、今年の秋にも第2回の同会合が開催されると発表した。

今回のフォーラムの際、登壇者たちは、日本とウクライナが互いのことをまだよく知らないことを指摘したが、同時に、双方ともに様々なプラットフォームでの会合・対話をできるだけ頻繁に行うことへの準備があることも示し合っていた。

そして、フォーラムで示された対話フォーマットは、ウクライナにとっていずれも有益なものであろう。ただし、そこでウクライナが注意すべきは、日本では、類似のフォーマットをウクライナとだけではなく、ロシアとの間でも模索することが提案されていることである。日本は、2014年にロシアに制裁を科しこそしたが、周知の通り、その後も安倍晋三前首相は、ロシア連邦のウラジーミル・プーチン大統領との「友好的」会談を繰り返しており、その数は計27回にも及んだ。そして、重要な点は、クリミア占領とドンバス侵略が続いているにもかかわらず、プーチンが、国際社会がロシアと「通常の関係」に戻ったかのような印象を生み出そうとしていたところで、日本の行動が、プーチンのその試みを部分的に支えてしまったことにある。

対露制裁は、日本の制裁も含め、今も続いている。しかし、その中で過去数年、日本の専門家の間には、「ロシア・インド・日本」トライアングル協力を呼びかける声が上がっている。日本のロシア専門家は、そのような3国協力フォーマットを、米国やEUといったロシアに対して批判的な第3国の激しい反応を回避しつつ、ロシアと協力できるフォーマットになり得るものとして提案している。

そのようなフォーマットは、ウクライナにとって好ましくない。ウクライナ・ロシア戦争が7年続き、G7がウクライナを連帯して支えている中で、日本は引き続き、対露関係においてはG7中最も「脆い」メンバーである。さらに、インドと日本は、クアッド(米国、オーストラリア、日本、インド)構成国であり、4国は、インド太平洋における中国の影響増大を背景に、共同の戦略的決定を模索している。その中で、「ロシア・インド・日本」協力トライアングルを形成することは、ロシアに、日本とインドへの影響力行使の機会を与え、米国とオーストラリアとの間にくびきを打ち込み、間接的に中国を支援することを許しかねない。そのような中露の連携は、クアッド連携の弱体化を招くおそれがある。

ウクライナは、日本とインド、そして米国とオーストラリアに対して、日本のロシアとの新しい連携フォーマット模索に対する見解・問題点を示すことができよう。また代わりに、共通の価値にもとづいた「ウクライナ・インド・日本」「ウクライナ+クアッド」「ルブリン3+クアッド4」といった対話フォーマットの提案も有益であろう。そして、そのような対話の際、ウクライナは、日本による対露アプローチが、日本からウクライナへの「中国とロシアは日本とウクライナにとっての共通の脅威」という呼びかけと合致しないものであることも喚起し得る。というのも、今回のフォーラムで指摘があったように、西と東は現在かつてないほどに相互に連関しているのであり、その中では、いかなるダブルスタンダードも、現存するパートナーシップを弱めるおそれがあるからだ。

写真:新欧州センター


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