タラス・クジョー氏は、アルバータ大学カナダ・ウクライナ学研究所上級研究員かつジョン・ホプキンス大学高等国際関係大学院環大西洋センター海外学術フェローであり、ウクライナ、ロシア、ユーラシアの政治、犯罪、安全保障問題の主要な国際研究者である。加えて、クジョー氏は、1991年からクリミア問題、クリミア・ロシア・ウクライナ関係を追っている。2010年の時点で、クジョー氏は、ロシアによるクリミア占領を予想していた。クリムインフォルム誌は、クジョー氏に対し、被占領下のクリミア半島の過去と未来について観察と考察を述べてもらうよう依頼した。
あなたは、ロシアがクリミアを占領することを予想していた数少ない人の一人です。どうしてそのような結論に至ったのでしょうか。
クリミアとセヴァストーポリに関するロシアの領土要求は、プーチンが思いついたものではありません。ロシア議会上・下院、ルシコフ・モスクワ市長、ロシアの複数政党は、90年代初めから関連する発言を行なっていました。その後、2003年〜2004年にジョージアとウクライナの革命が起きた後、ロシアの政治は、より急進的になりました。プーチンのナショナリズムは、2005年〜2007年とその後の2011年〜2012年に膨れ上がり、クリミアに対する姿勢はより攻撃的になっていきました。ユシチェンコ大統領時代、ロシアは、クリミアでの諜報活動を拡大させています。2009年、ウクライナから、クリミアとオデッサの分離主義を支持した3名のロシア外交官が追放されました。2005年〜2006年頃から、オデーサ、ドンバス、クリミアから徐々に多くのウクライナ人がロシアへ渡航し、ドゥーギンのような人物が運営するキャンプで軍事訓練を受けています。下地が準備されていたのです。2014年まで、ロシアの方がウクライナよりもクリミアに注意を向けていたのは、悲しいことです。ルシコフ・モスクワ市長の方が、ウクライナ政府全体よりもクリミアに資金を投入していたのです。つまり、紛争は不可避的に近づいていたのです。
もちろん、2010年に私の論文が出た時、私はあまりに悲観的だと言われました。2010年は、多くの人がヤヌコーヴィチ(編集注:前ウクライナ大統領)がロシアとの関係を修正し、そのようなこと(編集注:クリミア占領)等起きないことを期待していました。
クリミア強奪に用いられた手段について、どのように思われますか。
2014年に地元のコサックや武装集団、犯罪組織等を参加させた侵攻計画の手段は、第二次世界大戦時に行われた占領とは全く共通点がありません。それは、今日、ハイブリッド戦争と呼ばれているものでした。しかし、ハイブリッド戦争は、2014年にプーチンが思いついたものではありません。ハイブリッド戦争は、モルドバ、トランスニストリア、ジョージア、アブハジア、南オセチアや、エリツィン時代のナゴルノ・カラバフにおいても行われていました。偽情報やハイブリッド戦争は、ソヴィエト連邦において長い歴史を持っています。プーチンは、ウクライナが政治危機と政権の空白に苦しむ瞬間を非常に上手に選んだのです。また、過去10年、プーチンは、この考えを実現させるために、潜在力を増やしていました。私は、ウクライナ保安庁(SBU)はその10年間何をしていたのかと尋ねたいです。
ただし、私は、ロシアがこのようなことをするまでは、ウクライナ人、特にウクライナ東部の人の間では、ロシア人は自分達の兄弟だと思うのが自然だったと思っています。
その点について、詳しく話していただけますか。
ロシアの展開したハイブリッド戦争とクリミア併合は、東部とおそらくウクライナ中部のいくつかの地方のウクライナ人にとって、ショックであり、姑息な裏切りだと映ったのです。西部のウクライナ人は、いつでも、ロシア人はどこまでもロシア人だと思っていました。一方でウクライナ東部と一部の中部のウクライナ人は、スターリンの生み出した伝説である「兄弟民族」や民族の友好を本当に信じていたのです。私は、いくつかのウクライナ兵士と知り合いで、その中にはドネツィク空港を防衛したサイボーグ(編集注:同空港で長期間戦い続けた兵士達に付けられた愛称)もいます。この兵士は、ロシア語話者であり、最初はロシア人を攻撃することができませんでした。彼が銃を撃つようになったのは、ロシア人側が彼を撃ち始めからでした。彼らは兄弟だとして、どうして兄弟が兄弟を撃つことができるのでしょうか。つまり、私は、SBUが何もしなかったこと、ロシアの行動を真剣に受け止めなかったことの理由の一つは、ロシアが友好関係のある国にあのような侵略をすることを、彼らが信じられなかったからだと考えています。
あなたは、他の発表物において、ウクライナ、クリミア、クリミア・タタールに関する誤った歴史的アプローチについて話しています。その誤ったアプローチとは何でしょうか。そして、それについて何をすべきなのでしょうか。
クリミア関連の問題は、西側の政治家、ジャーナリスト、研究者の多くが、クリミアはドンバスと違うと認識していることです。クリミアに関しては、彼らは「何が問題なのだ?クリミアはつねにロシア領だったし、ロシアに回帰したのだ」のように考えています。ウクライナ政権は、彼らをレイシズムとして批判し、簡単に否定することができます。
もしあなたが、クリミアの歴史がロシアによる編入とともに1783年に始まると断定すれば、あなたはレイシストです。それは、アメリカ、カナダ、ラテン・アメリカ、オーストラリアにヨーロッパ人による植民地化以前にも歴史があったことを否定するのと同義です。加えて、西側には、ファースト・ネーションという概念があります。ファースト・ネーションとは、ヨーロッパ人の到来の前からその場所に居住していた住民のことです。クリミアにおいても同様です。クリミアのファースト・ネーションは、クリミア・タタール人です。彼らは、ロシア人の到来以前に少なくとも5世紀はクリミアに居住していました。
そして、これが西側における最善の物語です。ロシアの言う、クリミアはこれまでずっとロシアの領土だった、という発言は、レイシズム的物語です。西側の人々は、「レイシスト」という言葉を聞くと、目を覚まします。この言葉は非常に重要なのです。あなた方は、クリミア・タタール人をファースト・ネーションとして紹介しています。この用語は、「先住民」の概念よりも広い意味を有しています。この用語は言葉の中に「私たちが最初であった」ということを示しています。(編集注:ファースト・ネーションという用語を使うことで)あなた方は、クリミアについて証明したいことを、西側の言説に加えられることになります。そうすることで、ロシアが語る伝説や併合合法化を崩壊させられるのです。
それから、他には何ができ、何をすべきでしょうか。
私が理解しているところでは、ポロシェンコ大統領がミンスク諸合意を署名した時、彼には他の選択肢は多分なかったのでしょう。2014〜2015年、ウクライナ軍はほとんど存在せず、ウクライナはロシアの侵略に脅かされていました。ミンスク諸合意の問題は、これらがドンバスのみに関係していることにあります。クリミア問題は、ロシアが拒否したことで、含まれていません。私は、これを変えなければならないと思っています。クリミアも和平プロセスの一部とならなければいけないし、平和ミッションの業務はドンバスに限定されてはなりません。
ウクライナが抱えるクリミア併合に関係する問題は、併合をロシア国民の多くが支持していることです。ロシアのいわゆる野党であるナヴァリヌイやホロドコフスキーでさえ、併合を支持しています。ウクライナは、西側各国政府に、クリミア併合を支持するロシアのNGOや野党には一切財政支援しないように要求しなければなりません。資金供与をする前に、クリミアに関する立場をたずねるべきです。もしその集団が併合を支持しているなら、彼らは西側の支援を受け取るべきではありません。西側諸国がクリミアに関する対露制裁を科しつつ、その後に併合を支持する組織にお金をあげなければならないことがあるでしょうか。
ロシアのウクライナ国内における政策からは何を予想していますか。ロシアの政策は、今後もプロパガンダを使い、(社会の)分断を利用していくのでしょうか。
(編集注:ウクライナでは2019年)3月に大統領選挙が行われます。もちろん、ロシアは、これまで同様の試みを続けるでしょうが、しかし、私は、その試みがうまく行くとは思っていません。ナショナリスティックな層ですら、自分たちがプーチンの歩兵になるべきではないことを理解しています。
今日の状況は、4年前に観察されたものとは異なります。プーチンは、自ら墓穴を掘りました。ウクライナの状況は現在、4年前より愛国的です。兄弟民族との伝説は滅び、脱共産化が行われ、ウクライナは軍と国家警護隊を所有しています。現在、ウクライナにおいてロシアが物事を達成するのが以前よりもはるかに困難となっています。ウクライナにおいて最後の影響力行使の手段は、正教会です。もしウクライナが、独立した(ウクライナ)正教会を手にしたら、ロシアの影響力は終わりを迎えます。
加えて、プーチンの最大の輸出品はガスではありません。汚職です。ウクライナや東ヨーロッパにおけるロシアの影響の相当部分は、買収や汚職を通じて行われています。現在、汚職は少なくなっています。ロシアとウクライナの間の貿易やガスの結びつきは、弱くなりましたし、ロシアとウクライナのエリートの間の汚職のつながりは、分断されました。
私の考えでは、プーチンがこれからウクライナを攻撃する可能性は小さいと思います。彼もそんなに愚かではありません。彼は、ロシアのウクライナへの侵攻がNATOの完全な戦闘態勢をもたらすことを知っています。そんなことになれば、ウクライナ・ロシア戦争は、世界の一部を完全に変えてしまうでしょう。
写真:ユリヤ・オウシャンニコヴァ、ウクルインフォルム