「最前線」は消失し、数キロの「グレーゾーン」が出現する

ウクライナ軍第141独立機械化旅団の兵士たちは、ロシア軍の無人航空機の存在により、現在は「ゼロ地点」と呼ばれる最前線よりも、後方兵站での損耗の方が多いと語る。

戦線のいくつかの区域で、ロシア軍が襲撃作戦の準備を進めている。これは偵察データだけでなく、敵が部隊を移動させ、装備及び人員を増強していることからも明らかである。戦争の4年間で、戦場の光景は劇的に変化した。単に防風林が「まばら」で透けて見えるようになったというだけの話ではない。その防風林の上空を飛ぶ「鳥」が変わったのだ。敵は空を支配しようとしており、それを「オルラン」「ザラ」「スーパーカム」「モルニヤ」、FPV、そして「シャヘド」が支えている。この「鳥」リストは、残念ながらまだ続く。そして、重要なのはその多様性ではなく、それらの殺戮の「鳥」の数である。

執筆者:オリハ・ズヴォナリョヴァ(ザポリッジャ)

写真:ドミトロー・スモリイェンコ

部隊への道

「シューマッハ」と春の泥濘を行く

ウクルインフォルムの記者たちは、第141独立機械化旅団のある部隊を訪れた。現在、軍人のもとへ辿り着くのはいよいよ至難の業となっており、場所によっては真の「生存クエスト」となる。雨後の平原には、私たちの前に誰かが通った跡があった。輸送車の「ウラル」か他の重量車両である。そして、私たちはその泥の轍(てつ)に飛び込み、かなり高速で突き進まなければならず、その際轍から外れたり横転したりしてはいけない。助けてくれる者など誰もいないからだ。

ある瞬間、車のハンドルを握っているのは旅団の広報官ではなく、本物のシューマッハではないかと思えた。「緊張しているわけではないが、あなた方が反対でなければ、タバコを吸っても良いだろうか」という彼の言葉は、おかしく聞こえた。ただし、正直に言えば、私は筋肉が強張るほどの緊張しており、絶え間ない揺れの中で、朝のコーヒーさえ余計に感じられた。

ジュチョク(コールサイン「カウボーイ」)

約1時間で私たちは現地に到着した。いわゆるノヴォパウリウカ方面である。そこで私たちを待っていたのは、すでによく知る第141独立機械化旅団の自走砲大隊のロマン・ジュチョク隊長(コールサイン「カウボーイ」)であった。数分もしないうちに、彼の仲間も集まってきた。

ロマンは、ノヴォパウリウカ方面で彼らの旅団は現在、防御行動を実施していると述べる。

彼は、「私たちの担当区域が拡大された。防御を維持している。フリャイポレに近い場所では、私たちの襲撃部隊が前進し、自治体を解放し、部分的に失われた陣地を回復している。しかし、私たちは正にこの方面で逆に防御行動の準備をしている。敵がここで攻勢を計画しており、私たちは、敵が私たちの区域を活発に偵察し、威力偵察を試みているのを見ている。敵の活動が活発化しており、特に私たちの防御に食い込もうとする徒歩グループの数が増えたと言える。機械化された襲撃も始まった」と指摘する。

無人機による活動が最も観察されているというは公然の事実だと彼は言う。同旅団の担当区域では、1日に60機のFPV無人機と40~50機の「モルニヤ」が確認されているという。

ロマンは、「敵は私たちの兵站を遮断しようとしており、さらなる攻勢に向けた準備を進めている。敵が防御に転じるときは、予備兵力を投入せざるを得ず、攻勢を継続できなくなる。しかし、私たちのところでは敵は攻勢の準備をしており、戦力を増強するばかりだ」説明する。

その際彼は、ロシア軍にとって攻勢をかけるのは困難になるだろうと補足した。

「最前線」という概念が消えている

軍人たちは、非常に高度な準備と訓練のあるロシアの無人機部隊「ルビコン」が積極的に存在を伸長させていると説明する。

ロマンは、「天候条件により、無人機の飛行距離が伸び、無人機自体の数も増えた。私たちにとっても敵にとっても、人員交代、負傷者搬送、弾薬補給といった後方連絡活動はより困難になっている。以前は歩兵だけが徒歩で陣地に向かっていたが、今は『マヴィック』操縦士も、重量級爆弾投下用無人機やFPVの班も向かう。『キルゾーン』は絶えず拡大している。私たちは『最前線』という概念が消え、深さ約20キロメートルの『グレーゾーン』になり、そこに私たちと敵の部隊が混沌と混在するという状況に向かっている。実際のところ、現在の損耗は最前線ないし『ゼロ』地点よりも、後方連絡において数倍多くなっているのだ。これは何よりも、ここに『ルビコン』部隊がいることに関連している」と語る。

無人機が非常に多くなったことは、私たちも目の当たりにした。ある地点へ向かう途中、私たちの頭上を敵の「モルニヤ」が、非常に静かに、全く予期せぬ形で通り過ぎた。その後、それが「着陸」した音、爆発音が聞こえたのだ。隊員たちは、私たちは運が良かったと言った。おそらく、私たちの頭上に「偵察機」がおらず、単に見つからなかっただけだろう、と。

「デプタート」

コールサイン「デプタート」という兵士は、「無人機が多すぎて、まるでキーウの地下鉄のようだ。10分おきに来る」と冗談を言う。

敵はFPV無人機を運搬することに慣れてきた。「運搬役」として「ザラ」、そして「シャヘド」さえ使用している。1機の大きな無人機に数機のFPVが載せられていることがある。

敵の無人機によって破壊された車両

「デプタート」は軍で後方連絡を担当している。彼の担当任務には、交代要員の移動、弾薬の補給、出撃の準備が含まれる。彼は「カウボーイ」と共に、自ら運転して陣地へ向かうようにしていると言う。それは、戦場の実際の状況を自分自身の目で見て理解し、変化に素早く対応し、正しく出撃計画を立てられるようにするために必要だという。

彼は、「私たちは155ミリ口径を扱っているが、ピックアップトラックでは多くの弾薬を運べない。『ウラル』や『カマーズ』を使う。正しく計画を立てれば、こうした大型車両でも向かうことができる」と言う。

出撃の準備

もっとも、班がある区域に1週間も辿り着けず、待機せざる得なくなったこともあった。

「デプタート」は、「無人機はますます増えている。敵にはこの方向(編集注:無人機分野)を発展させるという課題がある。私たちが全てを綿密に計画し、以前どこがうまくいかなかったのか、なぜ失敗したのか、何を変えればより迅速かつ安全に実行できたのかを分析すれば、結果はついてくる」と語る。

彼は、つい最近、旅団が戦友を失ったという重い話を始めた。コールサイン「オバマ」という若い兵士が、敵のFPVの攻撃により死亡した。それは旅団にとって非常に大きな損耗だった。さらに、敵は遺体収容を不可能にするためにあらゆる手を尽くしたという。

「デプタート」は、「道の1つは敵に支配されており、そこには10機以上の無人機が滞空していた。戦友の遺体を見捨てることは私たちにはできなかったし、それには議論の余地すらなかった。別の道を通った。困難であったが、突き進み、遺体を運び出した。それは大きな特殊作戦だったのだが、悪いが、詳細は話さない。全部辛いことだ」と言う。

私は旅団のモットーである「1人は1人のために」を思い出した。こうした瞬間、彼らにとっては、それが単なる短いフレーズなのではなく、何よりも、それは行動であり、本当に互いに支え合うということなのだと理解する。

「デプタート」はまた、無人機のせいで負傷者搬送のために朝の5時40分から昼の14時まで脱出できなかったことも回想した。また3週間前、彼はロマン・ジュチョク大隊長と共に、無人機班を徒歩で陣地まで案内した。片道15キロメートルを歩かなければならなかったという。

「デプタート」は、「私たちが車を降りた時には、すでに頭上をFPVが飛んでいた。待ってから移動を再開した。木が5本ほどしかないような防風林に身を隠すのは、文字通り頭上を、あなたのことを殺したがっている無人機が絶えず旋回している中では、あまり心地の良いものではない。5時間歩いた。立ち止まらなければならないこともあった。そして帰りも同じ距離を歩いたのだ」と振り返る。

彼は、初めて陣地から徒歩で戻った時に「運が良い奴が生き残るのだ」と言ったと述べる。

「運というのは、どう聞こえようが、戦争の現実だ」と彼は微笑みながら繰り返した。

34日間で554発という記録

私たちが話している間、無人機班の隊員たちは自分たちの「鳥」の出撃準備を確認している。敵を発見し、倒さなければならないため、今は仕事が山積みだ、24時間体制で活動していると言う。敵は反撃を試み、戦闘陣形を探り、攻勢の準備をしている。

「カジャン」

ある戦友のことを、隊員たちは冗談交じりに「スペツーラ(特殊部隊員)」と呼ぶ。コールサイン「カジャン(コウモリ)」という軍人のことだ。彼は、第2自走砲中隊第2小隊の小隊長である。多くの戦闘経験を持ち、兵役終了直後に「反テロ作戦」(ATO)が始まり、偵察員、破壊工作グループのリーダー、指導官を務め、サバイバルコースを修了するなど、多種多様な活動をこなしてきた。全面戦争が始まった時、彼は妻や子供たちと一緒にチェコにいた。仕事もあり、そこで生活する計画を立てていたが、祖国に戻ってきた。

「カジャン」は当時のことをこう振り返る。「すぐに徴兵事務所へ行った。最初はどこも私を受け入れてくれなかった。軍には空きがないと言われ、指導官としてさえ断られた。しかし最終的には入れてもらえた。様々な方面へ行った…。最初はシェヴェロドネツィク。私たちの部隊は2度、包囲から脱出した。2度目は2日間歩き続け、『グラート』の砲撃にさらされた。ヘルソンへ襲撃にも参加し、その後バフムートへ向かった。任務を遂行し、敵の背後に侵入した。砲兵については全く何も分からなかったので、全てを学ばなくてはならず、多くの本を読んだ。」

「カジャン」は4度の負傷を経験している。戦況を比較すると、数年前よりも今の方が70%複雑になっていると言う。

彼は、「なぜ複雑なのか? それは敵が多くの無人機を使っているからだ。ヘルソン突撃の方が楽であった。FPVはなかったし、偵察無人機もこれほど多くはなかったからだ。確かに敵には『グラート』や『ウラガン』、『スメルチ』はあった。今はそれらは以前ほど使われていない。つい数日前、班を戦地へ送ったが、彼らは荷を下ろしてそこから徒歩で進まなければならなかった。道には『待ち伏せ機』(編集注:目標が通行するのを待ち伏せて攻撃を仕掛けてくる無人機)が2機潜んでおり、その内の1機が私たちを攻撃してきた。私たちは何とか隠れたが、彼らは朝まで私たちを執拗に攻撃し、装備を破壊し続けた。敵は愚かではない。それどころか、私たちより賢い可能性さえある。夜間は光ファイバーが見えないので、私たちは盲目のようになる。そのため、頼みの綱は電子戦機器と神の助けだけなのだ」と述べる。

「カジャン」は、反テロ作戦/統合部隊作戦の時代に受けたサバイバルコースで、戦争では偽装が重要性だと教わったという。

彼は、「ただ穴を掘るだけでは不十分だ。偽装ができなければいけない。なぜなら、偽装がなければ、陣地は簡単に解体されてしまうからだ。そのコースでは、正に戦争で必要となるあらゆることを教わった。生き残るということを教わったのだ」と笑う。

私は、「現在の戦争において、火砲の居場所はあるか?」と軍人たちに尋ねた。

彼らは、「襲撃を止めるのは、まさに砲兵だ。仕事はいくらでもある」と答える。

大隊の装備には、榴弾砲「M114」がある。「デプタート」によれば、この砲の最初の任務は敵の塹壕を解体することで、数発で仕留めたという。

彼は、「敵が私たちの火砲を発見し、対砲兵射撃を開始するまでに34日間かかった。その間に、この砲台は554弾発射した。これは『M114』砲の中で最高の記録だ。その後、25機のFPVや『モルニヤ』が飛来し、破片でタイヤが撃ち抜かれた。しかし、私たちはこの砲台を回収した」と振り返る。

隊員たちは、戦争では分析者になることも学ばなければならないと言う。特定の敵操縦士が1日のうち何時に活動しているかを算出し、そのルートを把握することができるという。

彼らは、「全てを分析し、自分たちの後方連絡について綿密に取り組まなければならない。そうでなければ、結果は出せない」と語る。