ヴォロディーミル・ゼレンシキー・ウクライナ大統領(The Times of Israel紙インタビュー訳)
私にはユダヤの血が流れている。そして私は大統領だ。そして、誰もそのことを気にしていない。
27.01.2020 15:18

1月19日、イスラエルのオンライン英字紙The Times of Israelが、ヴォロディーミル・ゼレンシキー大統領のインタビューを掲載した。ウクルインフォルムは、同インタビューの全訳を提供する。


「真面目な人」 ゼレンシキーは、ウクライナの暗い過去に取り組み、輝かしい未来を作ろうとしている。

「反汚職」大統領となったコメディアン俳優は、今週のイスラエル訪問の前にあらゆることを話してくれた。バービー・ヤール、ホロコースト、ホロドモールから、プーチン、そしてトランプについて。

キーウ(キエフ)。あなたがウクライナ大統領府を訪れた際に最初に目にするのは、スケート場だ。氷でできたスケート場が、大統領府のメインの入り口の近くに作られているのだ。

にぎやかなウクライナの子供たちがカラフルなマフラーをして、ニット帽をかぶり、比較的暖かい日によく着こんで、親達と一緒あるいは、自分達だけでスケートをしている。ヴォロディーミル・ゼレンシキー氏のオフィスのすぐ前で、その中で彼が仕事をしている最中にだ。

イスラエル的認識では、常に安全面の潜在的リスクに注意が向けられる。それはアメリカでもイギリスでも他のどこの国でもそうだ。しかし、ここには、あなたの良く知る典型的な大統領はいない。

土曜日に42歳を迎えるゼレンシキー氏、「人民の奉仕者」という名前のテレビのコメディードラマにて、ウクライナ大統領を演じたコメディアンは、昨年4月、現役の大統領との間で、73%対25%で勝利し、現実世界でウクライナ大統領に選出された。

その3か月後、ゼレンシキー氏は、同じく「人民奉仕者」という名前を持つ政党が議会で過半数を取ると、その存在感を確実なものとし、政権を交代させた。

私たちが出会う前の日、彼は、首相の辞任表明を拒否した(それは、首相と思われる人物による、ゼレンシキー氏の経済への理解についての声の録音がリークされた後のことだった)。その際、ゼレンシキー氏は、国家は首相辞任のせいで生じるおそれのある不安定化を現在受け入れられないと述べた。

ゼレンシキー氏の前の挑戦を、認識するのは難しい。彼は、国を沈めんとする国内の汚職を根絶したがっており、治安機関の垂直構造を上から下まで完全に再編しようとしている。

彼は、比較できないほどはるかに強力な超大国ロシアによる「クマの抱擁」からウクライナをデリケートに引っ張り出そうとしている。ウクライナは、ロシアとの紛争に引きずり込まれ、ゼレンシキー氏は、かつて「ウクライナは本当は国ではない」と述べたと言われる、恐怖の大統領ウラジーミル・プーチン氏との協議を始めた。

ゼレンシキー氏は、欧州最大の国であり、その国民の間には過去、現在、未来への見方に根本的に相違があり、人々のアイデンティティが西や東へしばしば正反対の方向へ変わろうとしている、そのような国のトップの座にいる。

彼は、自分の国を過激主義や冷笑主義から、調和やより幅広い価値にとって意味ある方向へ引っ張っていこうとしている。近年までその難関において模範的だったのに、昨今では反対方向に向かっている国々が見られる中、彼はそれを行なおうとしている。

しかし、彼はその挑戦を奇跡的にうまくやっているように思える。きちんとしてフレンドリーな彼は、自身の執務室にて、温かな握手とともに私を出迎え、50分にわたり、慎重かつセンシティブに、そして適切なタイミングでユーモアを交えて、私の質問に答えてくれた。

彼は、ソ連政権が1932~33年に意図的かつ人為的に作り出し、数百万人を殺害したホロドモールについて詳細に話し、大きな敬意をもってホロコーストの被害者について語り、そして、これらの出来事に対する積み上げられた公正な歴史的視点の必要性につき述べた。彼は、しかし、ホロコーストの犯罪へのウクライナ人の参加について話すより、ウクライナの「諸国民の中の正義の人(正義の異邦人)」をより良く言及することを優先し、また現代ウクライナではオープンな反ユダヤ主義は相対的に周辺的存在だ(編集注:少ない)と強調した。

(同日、あとでソ連時代の大祖国戦争博物館の代わりに立っている国立第二次世界大戦中のウクライナ史博物館を訪れた時、英語のガイドがバービー・ヤールにおける殺人について説明があった時、他の人々も殺害されたが、「しかし、ユダヤ人だけが、ユダヤ人であるというだけで殺されたのです」と述べていた。そのシンプルで、凄惨な真実は、ナチスによるユダヤ人に対するジェノサイドを認めなかったソ連時代の規範とコントラストを見せていた。1941年9月29、30日に銃殺された3万3771名のユダヤ人の眠るソ連のバービー・ヤールの記念碑には、ソ連の民への暴虐と記されている)。

ゼレンシキー氏は、今週、アウシュビッツ解放75周年記念セレモニー出席のためイスラエルに到着する(編集注:オリジナルの記事は、1月19日に公開されている)。彼は、19日になって公式な出席を認めており、この遅い確認は、主要イベントでの演説が提案されなかったことに抗議して、欠席を検討しているのではないか、などといった噂を生み出した。彼のポーランドの同僚は、正にこの理由でこのイベントをボイコットする。しかし、会話の中でゼレンシキー氏は、こう述べた。演説に招待されても良かったとは思うが、ずっとイスラエルを訪問するつもりだった、犠牲者を追悼するために、と。また、彼はイランに誤射され、176名の命を奪い、ウクライナの航空機撃墜問題の事後対応もあり、彼は、ウクライナ人犠牲者の遺体が返還されること、イランが自らの義務を履行することにつき確信を得なければならなかった。

ゼレンシキー氏は、英語を十分上手に話すのだが、それでも多くの場面で、通訳者の支援や、報道官の参加を得つつ、ウクライナ語で返答した。(細部が翻訳の中に失われてしまう可能性と、私たちが議論した問題の機微さを考慮し、大統領府に引用の正確さを確認してもらった。)以下は、私たちのインタビューの会話記録であるが、質のためにいくらか編集したものである。

The Times of Israel:私はあなたにイスラエルからチョコレートを持ってきました。値札は残してあります。美味しいですが、ご覧の通り、結構安いんですよ。

ゼレンシキー大統領:そう、それは良いですね。あなたたちが、そのことを理解していることがわかりました(笑)。

そう、これは誰も私やあなたを賄賂で糾弾しないようにです。時間を作っていただきありがとうございます。イスラエルには行ったことがありますか?

それは何度もありますよ。そこには親族がいるのです。母方のおばとその親戚が。彼らはイスラエルに移住していて、そのうち何名かは10~15年前に引っ越しています。もしかしたらそれ以上かも。1990年代終わりのことです。そのため、私はイスラエルを何度も訪れています。人に会ったり、仕事上の会談をしたり、テレビやコンサート関係で人と会ったり、前職でね。

イスラエルで商業コンサートを開いたことがあるのですか?

ありますよ。テルアビブ、ベエルシェバ、ハイファ、エルサレム、多くの町であります。ですから、イスラエルのことは知っていますし、そこに暮らす人のことも知っています。

そして、あなたは今週イスラエルへ向かいますね?

ええ、もちろん。

私はその「もちろん」という点を知りませんでした。

誰も知りませんでした。理由を教えましょう。イランで凄惨な悲劇が起きたのです。そのため、私はイスラエル、イスラエル政府に対して、行けるかどうかを伝えられませんでした。なぜなら、いつ(イランから)遺体が返還されるかわからなかったからです。それが最重要でした。もし明日遺体を受け取るなら、(イスラエルへ)行くことができます。(原注:19日中にウクライナ大統領府は、イスラエル訪問を確定させた。)

あなたは、メインイベントで演説を行うつもりですか?ポーランド大統領は、演説の機会が与えられなかったことを理由に、訪問をやめました。

各国にとって最も重要なことは、ホロコースト犠牲者を追悼することです。誰が話をして、誰が話をしないかとは無関係に、訪問することが非常に重要です。

私個人にとっては、私が演説をするかどうかは意味を持ちません。しかし、15万人のウクライナ・ユダヤ人が銃殺されたバービー・ヤールに始まり、その悲劇(ホロコースト)で亡くなった多くの人が、ウクライナのユダヤ人であったわけです。私たちのところにある統計値によれば、ホロコーストで亡くなったユダヤ人の4人に1人は、ウクライナのユダヤ人でした。そのため、ウクライナ人にとっては、ホロコースト犠牲者の追悼を行なうことは、非常に重要です。私は、これにより、ウクライナ大統領が演説を行うことは公正なことだとは思います。

イスラエル側に別のフォーマットがあることは知っています。私たちは演説には招かれませんでした。しかし、いずれにせよ、私はその式典に出席します。

彼らが演説をさせてくれるかもしれないとの期待がまだありますか?

期待という話ではないのです。私は、私が演説すべきと思っていますが、いずれにせよ出席します。ホロコースト犠牲者の追悼が非常に重要なのです。

ウクライナにとっては、ホロコースト問題は非常に複雑です。ある意味で、ホロコーストはここ(ウクライナ)で始まったとも言えます。100万、あるいはそれ以上のユダヤ人が殺されました。その多くは、強制収容所ではなく、バービー・ヤールを含む、「ホロコーストの銃弾」によって殺されたのです。

100万以上です。

ウクライナは、この記憶をどのように扱い、ユダヤ人犠牲者をどのように追悼していますか?あなたは、ウクライナにおいてホロコーストの記憶をどのように維持しようとしていますか?

第一に、私たちはホロコーストの犠牲者の追悼をしています。第二に、今年、私たちはバービー・ヤール記念館の建設を始めます。第三に、私たちには、著名なユダヤ人を称えるために世界中からユダヤ人が訪れるウーマニ市(チェルカーシ州)に、「小さなエルサレム」を建設するプロジェクトがあります。私たちは、歴史博物館の建設、大きな公園、シナゴーグの再建を行なうことを決めました。私たちは、本当の小さなミニタウンを作りたいと思っています。その場所を本物らしく、プロフェッショナルにするために、私たちは「小さなエルサレム」という名前の案を思いつきました。

バービー・ヤールについて質問させてください。あなたは、プロジェクトを始めたと言いました。それは、ホロコースト記念センターのことですか?ご存知の通り、本件は非常に機微です。それは、バービー・ヤールのユダヤ人犠牲者に特化するものですか?それとも、バービー・ヤールで殺された全ての犠牲者に関するものですか?それとも、第二次世界大戦におけるウクライナの全ての犠牲者に関するものでしょうか?バービー・ヤール記念館についてのあなたの見方を教えてください。

第一に、記念館は、バービー・ヤールで殺害された全てのユダヤ人の(追悼の)ために建設されます。大きなプロジェクトで、歴史博物館を含み、そこではバービー・ヤールで殺害された15万のユダヤ人についての歴史が説明されます。

私たちはまた、ヤド・ヴァシェム(編集注:エルサレムにあるホロコースト記念館)が2500人のウクライナ人を「正義の異邦人」(編集注:ホロコーストの際に、ユダヤ人を守った非ユダヤ人の人々を表す称号)と認定したことも記憶しなければなりません。その多くは既に亡くなっていますが、まだ生存の方もいます。多くの人がユダヤ人を救い、かくまい、バービー・ヤール前に収容所から逃げるのを手伝ったのです。そのため、私たちは彼らのためにも記念館に場所を設けなければなりません。

バービー・ヤール・プロジェクトは、ナタン・シャランシキー(ウクライナ出身のイスラエル政治家)があなたと話していたものですか?

そうです。私たちは彼と話したのです。私たちは、ラビにどうして本件がもっと前に実現されなかったのか尋ねました。プロジェクトに関して様々なアイデアがあり、それが今終わり、私たちは、今年実質的に建設を始めることを決めたのです。

ユダヤ人殺害で断罪されることを懸念するウクライナ人の存在が心配ではありませんか?バービー・ヤールでウクライナの部隊はユダヤ人を殺していませんが、彼らはユダヤ人を集めて、彼らをバービー・ヤールに向かわせて、ナチスを助けました。それは一例です。ユダヤ人犠牲者の追悼を嫌がるであろうウクライナのナショナリストは、あなたを不安にさせませんか?(原注:イスラエルのシモン・ヴィゼンタル・センターを率いるエフライム・ズロファ氏によれば、ナチスによるジェノサイドには、『多くの』ウクライナ人の参加があったという。同氏は、死の収容所の警護をはじめ、何千と言うウクライナ人がホロコーストの犯罪に加担した、と述べている。そして、その内、一人として法で裁かれていないという。ズロフ氏は、「最後のチャンス」オペレーション・センターは、情報獲得のための望ましいメカニズムを作ることが不可能だったため、ウクライナでは断罪の試みすらしていないという。)

私たちは、非常に興味深い統計データを持っています。それは、イスラエルにとっても非常に興味深いでしょう。2018年のピュー研究所による欧州の反ユダヤ主義のレベルを調べた世論調査の結果です。その結果では、ウクライナの反ユダヤ主義は最も低いレベルなのです。

昨日、私は、キーウ(キエフ)にて二つのシナゴーグを訪れました。そこには、世界のほとんどの場所よりも、警備が少なかったのです。私はそこで、何人かの若いユダヤ人を見かけ、警備はどこかと尋ねました。彼らは、私に、「ここに反ユダヤ主義はない」と答えました。(原注:最近の世論調査では、反ユダヤ主義事件の数は減少していることが示されているが、しかし、もちろん、キーウでの昨年11月のショロム・アレイヘム像への鉤十字の落書きのような破損行為や、最近のゼレンシキー両親の自宅付近のホロコースト犠牲者記念碑への破損行為を含め、個別事例は起きている。これらの事例は、ヨエル・リオン駐ウクライナ・イスラエル大使が政権に対して最近呼びかけを行なったが、罪人の責任追及は今のところ実現していない。)

反ユダヤ主義はありません。それは事実です。ご存知のとおり、私にはユダヤの血が流れており、そして私は大統領です。

誰もそれを懸念しない、というのは本当ですか?

誰も気にしていません。誰も私にそのことを尋ねません。

もちろん、ウクライナにも、世界のその他の国と同様、今も過去も、自らの民族以外誰も見ようとしない人が数パーセントいます。第二次世界大戦時や、ファシズム・ドイツによるウクライナ占領時に起きたことと同じです。ソ連時代にも同様に、ユダヤ人に対する複雑な対応が見られました。それは私たち皆が知っていることです。しかし、私たちは皆、ウクライナの反ユダヤ主義のレベルは最も低いということを良く知っているのです。

私たちはまた、第二次世界大戦中、フランス、ポーランド、ドイツ、ベラルーシ、ウクライナにて、ナチスからユダヤ人を救った人たちがいたことも理解せねばなりません。しかし、同時に、ナチスと協力し、ユダヤ人を明け渡した人たちもいました。

私たちは、ウクライナの反ユダヤ主義のレベルがこのように低いという事実を非常に誇っています。1991年に独立したこのウクライナにおいて、反ユダヤ主義のレベルがこれほどまでに低いのです。もちろん、私たちのところにも数パーセントの過激主義者はいますが、しかし、それはとても小さな割合です。そのため、私は恐れていないのです。

あなたのプーチン大統領との関係はどのようなものですか?

ロシア連邦大統領とは、現時点で、対話を始めたところです。私たちは複数回電話会談を行ないました。私たちは、対話のフォーマットを作り、それが複数の機微な決定をもたらしました。私たちは被拘束者と船舶を取り戻しました。3年ぶりに、私たちは、ノルマンディ・フォーマット(の会談開催)に合意することができました。その後、2回目の被拘束者交換、最大の交換が実現しました。

あなたとプーチン大統領の(12月の)会談は、最初のものでした。

3年ぶりの会談でした。ノルマンディ・フォーマットにおいて行なわれた、最初の会談でした。

プーチン大統領はかつて、「ウクライナは国ではない」と言いました。彼は今でも、ウクライナは国でないと思っているのでしょうか?

私は彼が何を考えているかはわかりません。彼は私にそのようなことは言いませんでした。私は、彼は、ウクライナは独立国家だ、という私の姿勢を理解していると思っています。私たちは大きな国、欧州最大の国です。思うに、彼はそれを理解していると思います。彼が何を考えているか、というのは彼の頭の中にあることです。

あなたは、東部で平和を達成できるかもしれないという考えを持っていますね。それは可能ですか?

その目的がなければ、決して大統領選には出馬しなかったでしょう。

進展はありますか?

私は、全てのことがもっと迅速に進めば良いのに、と思っています。非常に複雑な問題があるのです。銃撃はかなり少なくなっているのであり、進展はあります。しかし、銃撃は今も続いています。

ウクライナ民族主義者の名前を英雄として通りの名前とするのは、かなり論争を招きました。あなたは本件について何をしていますか?

それは通りだけでなく、銅像にも関係する話です。それは、異なる歴史、異なる態度を持つ人々が、どのように実践面で共存するか、という問題です。

本件は、非常に複雑で機微な問題です。ウクライナ西部と中部が称える英雄がいて、他方で、異なる英雄を抱き、異なる考えを持つウクライナ人もいます。私は、そのそれぞれの気持ちを理解しています。ですから、私は複数回にわたり、非常にはっきりと述べました。あなたたちに複雑な歴史があったとしても、共通の歴史を作り上げようではないか。私たちの今日と未来に、対立をもたらさないような人々、名前を見つけようではないか。銅像や通りに、対立の生まない人々の名前で名付けようではないか、と。

今日、私たちには、現代の英雄がいます。歴史を作った人、研究者、宇宙研究の専門家、偉大なスポーツマン、多くの作家達。ウクライナのどこでも尊敬される人たちです。この問題から政治を取り除こう、という考えです。

その問題は最近イスラエルとのあいだである亀裂を生みました。イスラエル大使が抗議をしたら、ウクライナの駐イスラエル大使が、「本件は今後謹んで欲しい」と言いました。(原注:リオン駐ウクライナ・イスラエル大使と、ツィホツキ駐ウクライナ・ポーランド大使は、共同で、ウクライナ政権に対する公開書簡を発表。そこで、両大使は、ナチス・ドイツの協力者であるステパン・バンデラとアンドリー・メリニクを政権が称えたことを非難した。)イスラエルとは、概してどのような関係ですか?

私は、ウクライナとイスラエルには良い関係があると思っています。例えば、ネタニヤフ氏と私の個人的関係ですが、私は彼とウクライナで知り合いました。彼はここに公式訪問をしています。私たちは話をしました。私は、イスラエルでは今組閣が行なわれることを知っています。彼が今忙しいことも知っています。

私たちのところではたくさん選挙があるのです!

そうですね、知っています。あなた方がチャンピオンです(笑)。歴史的にウクライナとイスラエルは、良好な関係、良好な繋がりを有しています。周知の通り、多くのウクライナ・ユダヤ人が新たなイスラエルの建設を支援しました。彼らはイスラエルで非常に有名ですし、ウクライナでも非常によく知られています。関係は非常に強固です。ウクライナ人とイスラエル人は互いに話をしており、相互に敬意を払っています。

イスラエルとウクライナは、技術を交換していますし、知識の共有を行っています。

ホロドモール(編集注:1932~33年のソ連体制による人工的大規模飢餓)に関してですが、イスラエルから何を期待していますか?複数の点で、ホロドモールをジェノサイドと認定するには疑問があります。ある者は、「社会的殺戮(socio-cide)」的なものであり、民族排除の目的はなかったと言っています(原注:彼らは、ホロドモールでは、ユダヤ人、ロシア人、ベラルーシ人も亡くなったと述べている)。

非常に多くの人が殺されました。彼らからは、多くの者、家、土地、家畜、あらゆるものが奪われました。自らの資産を明け渡さなかったら、彼らは殺されたのです。銃殺もされました。何百万の人が亡くなりました。

多くの国が、ホロドモールをジェノサイドだと認定しました。私は、イスラエルもそれを理解しており、ウクライナがホロコーストをジェノサイドだと認定したことも理解していると思います。ウクライナにとっては、本件は社会的とか経済的な悲劇ではないのです。それ(ホロドモール)はジェノサイドです。何百万のウクライナ人が殲滅されたのです。

私は、将来、世界のあらゆる場所にて、ホロドモールがウクライナにとっての大きな悲劇であること、それがウクライナ民族への実質的殲滅であったということが認められると確信しています。ソ連邦の政策について沈黙を守るメディアがありますが、それはソ連があらゆる情報を隠していたからです。記録や大量埋葬場所を隠していたのです。本件に関する情報は十分ではありません。歴史的にそうなってしまったのです。私たちは様々なストーリーがあることを理解しています。しかし、将来、人々は、ウクライナの歴史、本当の事実を理解することになると確信しています。ホロドモールの際、何百万のウクライナ人が殲滅されたということを。

私たちは皆、ソ連時代に生まれ、そこにはたくさんの良いことがありました。世界的に有名な人がたくさんおり、彼らが多くの素晴らしいことを成し遂げていました。多くの良いことがあったのです。しかし、もちろん、その悲劇(ホロドモール)のような、悲劇も多くあったのです。

ご存知でしょう。今日、私たちは、(ソ連時代に)どれだけのユダヤ人が亡くなったのか、彼らに何があったのか、何名が殺されたのか、何名がさらわれ、流刑されたのか、これらを伝えるための統計を、私たちは有していないのです。そのうちどれだけ本当に反体制派であったのか。例えば、アンドレイ・サハロフは世界に対して自らのストーリーを語ることができた人物です。しかし、どれだけ多くのユダヤ人が同じように語ることができたでしょうか?そのストーリーは私たちのところにないのです。

あなたは、そのストーリーを見つけようとしているのですか?

私たちは、見つけなければなりません。

あなたのユダヤとしての個人的ストーリーに関心を抱かせてください。あなたの出自、親族について。

父方の祖父とその3人の兄弟は皆、第二次世界大戦時(赤軍側で)前線にいました。そして、そのうち私の祖父のみが戻ってきたのです。

祖母は、ファシストに占領されたウクライナ南部のクリヴィー・リフに生まれました。彼らは、残っていた全てのユダヤ人を殺しました。彼女は、カザフスタンのアルマティに避難しました。多くの人々がそこに逃げていました。彼女はそこで学び、教師になりました。第二次世界大戦後、彼女は帰還しました。そこで私が生まれたのです。

あなたの家はどのようなユダヤ家族でしたか?正統派ですか?それとも非正統派ですか?

非正統派です。普通のソ連のユダヤの一家です。ソ連における大半のユダヤの家族が、非宗教的でした。ご存知の通り、ソ連と言う国家では、宗教は、一般的な形では存在していなかったのです。

あなたにとって現在宗教は重要ですか?

(沈黙)私は、子供のときと今では、異なる姿勢です。私は、宗教について一度も話したことはありませんし、神についても一度も話したことはありません。なぜなら、私にとって、それは個人的な考えだからです。もちろん、私は神を信じています。しかし、私が神と話すのは、私にとって個人的かつ重要な局面だけであり、私がそれを行なうのに丁度よいと感じるときだけです。

あなたはイスラエルについて何を考えていますか?あなたのイスラエルに対する気持ちはどのようなものですか?

私はイスラエルを尊敬していますし、同国を巡るあらゆる機微な状況、イスラエルの一体性、イスラエルの団結の観点から、同国を極めて特別な国だとみなしています。ユダヤ人は、人と知恵以外の何もないところから、国を建設することができました。イスラエルのユダヤ民族は、ユニークな民族、ユニークな人々です。彼らは経済的な力を持っています。世界には、自国を防衛できる国が多くありますが、しかしイスラエルは、あのように小型の国なのに、自らを防衛できるだけでなく、外部からの脅威に反撃・対峙できるのです。

団結した強固な民です。彼らは、戦争の脅威にさらされているにもかかわらず、日々生活を楽しんでいます。それを私は見てきました。

あなたは、概して、汚職の克服を試みるために大統領になりましたね。

その通りです。

うまくいきましたか?

困難です。第一に、検察を改革しています。数千の検察官が解任されました。数百の検察官が、再試験を受けました。このプロセスには約半年かかりました。

第二に、私たちは今、保安庁改革法案を採択しようとしています。それもまた長いプロセスです。

私たちは、国家捜査局の新しい局長を任命しました。彼女は、この機構を改革しています。私たちは、9月に反汚職裁判所を立ち上げました。本件にも、ウクライナの全裁判プロセス同様、多くの問題があります。長い闘いです。しかし、これらの強力な機構が機能すれば、私たちは全ての汚職を根絶できるでしょう。

イスラエルでは、ネタニヤフ首相が汚職で起訴されています。ウクライナにて、あなたが汚職で起訴された場合、あなたは辞職することになりますか?それとも職を継続できますか?

(笑)まず、そもそもあなたは、なぜ私が汚職で起訴されると思うのですか?

そのようなことはないと期待しています。

もしかしたら、あなたは、私が知らないことを知っているのでは?(笑)

私が、政治的なものではない、何かしら本当の汚職で起訴されるのなら、何か、本当に起きてしまったことでの起訴なら、憲法に従い、私は職を離れなければならないでしょう。

ウクライナは、トランプ大統領の周りの対立に巻き込まれました。

私は、米国とトランプ氏関連の質問は全部好きです。(笑)

何を話すことができますか?あなたは、何か違法なことをしたのですか?あなたは、何か違法なことをするよう依頼されたのですか?

私は違法なことは何もしていません。私は、米国大統領と電話会談をしました。ウクライナ大統領として、武器を得るべく、戦略的パートナー国の一国、アメリカ合衆国との間に、理想的で強固な関係を築くために私は可能なことを全て行ったのです。

私は、ウクライナ、あるいはウクライナ人が、米国の政治状況に何かの形で参加したり、関与したりすることが一切ないように行動してきたし、行動しています。それは彼らの国であり、彼らが彼らのやりたいように行動しているのです。私は、彼らの内政に関わる話に引き込まれることは望みません。

最後に、あなたの個人的ストーリーを。あなたは、テレビで大統領を演じる俳優でしたね。

そうです。

そのあと大統領になった。どうしたらそうなるのですか?過去に例のない、前代未聞の話です。

世界中で、このようなことは一度もなかった。それは真実です。

それを望んだのは、ウクライナの人々です。彼らは、あらゆるものを変えたいと願ったのです。一つの政治グループを別のグループに変えるのではなく。彼らは、完全に状況を変えたいと願った。彼らがそれを実現したのです。

The Times of Israelの原文

写真:ウクライナ大統領府・ウクルインフォルム

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