ブチャ宣言はニュルンベルク裁判の基本となった1942年のロンドン宣言の現代版=ウクライナ特命大使

ウクライナ外務省のコリネーヴィチ特命大使は、先月採択された、ウクライナ寮における重罪の責任追及に関する「ブチャ宣言」は、ロシアの侵略犯罪を扱う特別法廷設置にとって重要なものであり、1942年1月13日に採択され、その後のニュルンベルク法廷の基盤となった「ロンドン宣言」の現代版であると指摘した。

コリネーヴィチ特命大使が外政ニュースサイト「欧州プラウダ」へのインタビュー時に発言した

コリネーヴィチ氏は、1942年1月13日にロンドンにセント・ジェームズ宮殿宣言(ロンドン宣言)が採択され(編集注:1941年6月12日のものとは別)、それにより欧州で行われた戦争犯罪、人道に対する罪、平和に対する罪の全ての責任を追及するという意志が確認されたと指摘した。

また同氏は、「1942年1月13日、どのように戦争が終わるかにつき知っていたものがたくさんいたはずがないが、しかし、それら恐ろしい犯罪の責任を追及するメカニズムの設置の走路を進み始めてはいたのだ。今年の3月31日、ウクライナ領で行われた国際法に従った最も重大な犯罪の責任に関するブチャ宣言が採択された。その象徴性は、同宣言が多くの点で1942年1月13日のロンドン宣言の現代版アナロジーとなっていることにある」と説明した。

同氏はさらに、現在法廷がいつ設置されるかは述べられないが、しかし、そのための基盤を準備するための法的作業を今行うことは重要だと指摘した。

そして同氏は、「私たちは、今そのことに携わっている。なぜなら、個別の裁判機構のようなものは、空っぽの場所には現れないからだ。私たちは、今私たちが行っていることが特別法廷設置に影響を及ぼすこと、最後にはそれが設置されることを期待している。早ければ早いほど良い」と発言した。

これに先立ち、3月31日、約50の国・国際機関が参加する「ブチャ・サミット」が開催され、その総括として「ブチャ宣言」が採択されていた