亡くなった活動家ハンジュークさんの告別式、南部ヘルソン市で実施

亡くなった活動家ハンジュークさんの告別式、南部ヘルソン市で実施

ウクルインフォルム
7日、故人の告別式が南部ヘルソン市の州立青年・学生宮殿で行われた。

攻撃を受けて亡くなった活動家のカテリーナ・ハンジュークさんは、ヘオロヒウ町近くの市営墓地に埋葬される。

カテリーナ・ハンジュークさんは、1985年6月17日ヘルソン市生まれ。2002年から2006年までは、ヘルソン国立大学で学んだ。2008年には、キーウ(キエフ)国立経済大学を卒業。2016年に、ウクライナ大統領直轄国家ガバナンス・アカデミーを卒業した。

2003年からは、祖国党の活動家として、州の市民団体「若き祖国」の代表を務めた。

また、市民団体「エイドス」にも所属し、市民活動基金プロジェクトのマネージャーや、国際連合人口基金(UNFPA)ウクライナの専門家としても活動していた。

2012年、市民報道エージェンシー「モスト」の共同設立者となる。

2012年からは、国際連合開発計画(UNDP)のプロジェクト「若いサッカー・ボランティア:1000年発展を目的とするスポーツとボランティア」に参加し、ヘルソン州各地で体育教師とともにスポーツの発展に励んだ。

ハンジュークさんは、ヘルソン市におけるユーロマイダンの積極的な参加者であった。また、同市で2014年の「ロシアの春」の試みがあった時には、様々な手段で対抗していた。

クリミア併合とドンバス地方の戦争開始後は、国内避難民(IDP)の世話をしていた。国際連合難民高等弁務官事務所(UNHCR)にてヘルソン州の秘書官として働きつつ、国内避難民の子ども達に靴を購入するための募金集めをしていた。

2016年から、ヘルソン市議会執行委員会の運営代行に就いていた。

ハンジュークさんは、ヘルソン市のサッカーチーム「クリスタル」が2017年に活動を停止してから、同チームの活動再開に向けた努力を続けていた。

これまでの報道にあるように、11月4日、活動家であり、ヘルソン市議会職員であったカテリーナ・ハンジュークさんが病院内で死亡した。ハンジュークさんは、7月に硫酸をかけられて入院していた。享年33歳であった。

7月31日、ハンジュークさんに対して、身元不明の人物数名が硫酸をかけた。その結果、ハンジュークさんは、全身火傷を負い、とりわけ、視力を一部失っていた。ハンジュークさんには、キーウにて10回以上の手術が行われていた。

ハンジュークさんへの攻撃の実行犯は、5名全員が拘束されている。

なお、11月4日、捜査官は、本件の捜査を刑法典にのっとり意図的殺人に変更している。


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