ウクライナ対ロシア事件 欧州人権裁判所での中間勝利

ウクライナ対ロシア事件 欧州人権裁判所での中間勝利

ウクルインフォルム
欧州人権裁判所のウクライナ対ロシア事件(クリミア関連)の管轄権を認める決定は、占領国の政治的・法的責任と賠償金をもたらすものとなる。

執筆:アンドリー・ラウレニューク/ストラスブール

1月14日、ストラスブルグの欧州人権裁判所は、ウクライナ対ロシア事件(クリミア関連)における管轄に関する決定を採択し、発表した。本件は、ロシア連邦のクリミア半島占領についてのウクライナ政府による提訴に答えたものである。

今回の決定は中間的なもの、あるいは暫定的なものであるが、それでも同決定は、ウクライナにとっても、国際法にとっても、欧州人権保護システムにとっても非常に原則的で、重要な内容となっている。

審理対象として受理、つまり事件は同裁判所の管轄対象

結論の重要点は、同事件が、欧州評議会のシステム内の司法機関である欧州人権裁判所の管轄対象として受け入れられ、同事件の内容面の審理に移行する、というところにある。つまり、今回のクリミアの人権侵害に関連するロシアを相手にしたウクライナの提訴・要求が、国際的な司法機関の審理で用いられる言語によって語られるということである。欧州人権裁判所は、ウクライナ政府が提訴によって示した事実が、被占領下クリミアにおいて欧州人権条約の複数条項への体系的な違反が起きていること、その違反を行なっているのが欧州評議会加盟国のロシアであることを証明している可能性を認めたのである。

発表文によれば、裁判所は、クリミアの人権侵害において、ロシア占領政権による『行動の反復性』、行政の慣習の双方に関して、概して十分な一応の証拠があると考えている。

そして、これらの特殊な表現をもとに、ウクライナが主張する11の条項の審理が行われる。

侵略国による犯罪

審理されるのは以下の条項である。

・強制失踪、効果的捜査の欠如(人権と基本的自由の保護のための条約第2条)

・劣悪・不法な拘束の扱い(同第3、5条)

・クリミアにおけるロシア国内法の適用。2014年2月27日以降のクリミアにおける裁判所が「法にて確立された」ものでない可能性(同第6条)

・自動的なロシア国籍の付与と民間居住地の奪取(同第8条)

・ロシア正教を認めない宗教指導者への嫌がらせと脅迫、宗教施設の恣意的襲撃、宗教資産の接収(同第9条)

・非ロシア報道機関の禁止(同第10条)

・集会・デモの禁止、そのような行為の主催者に対する脅迫と恣意的拘束(同第11条)

・市民・民間企業からの資産の補償なき収用(第1議定書第1条)

・学校におけるウクライナ語の抑圧とウクライナ語話者の子供への嫌がらせ(第1議定書第2条)

・(ロシアが)行政境界線を(ロシア・ウクライナ間)国境へと実質的に変更したことによる、クリミアとウクライナ本土の間の移動の自由の制限(第4議定書第2条)

・クリミア・タタール人の標的行為(同条約第8、9、10、11条と第4議定書第2条を統合した上での同条約第14条)

ウクライナ軍資産の強奪は今のところ審理対象となっていない

指摘しておかないといけないのは、裁判所の今回の決定で管轄権の承認が行われたのは一部であるということである。そして、ロシアの報道機関は、この点に焦点を当て始めており、あたかも、欧州の裁判所がウクライナの提訴を受け入れなかった、つまり、国際的な権威ある司法機関は「クリミアはロシアのもの」とみなしている、といった具合の報道を行なっているのだ。実際には、それはロシアのプロパガンダ、印象操作であり、国内視聴者に向けて、クレムリンの隣国に対する侵略行為があたかも「合法性」「正当」であったかのように改めて示そうとしているにすぎない。

また、2014年3月のクリミア領内の複数の殺人や、ロシア占領者による外国人記者の一時的拘束については、欧州人権裁判所は、ロシア連邦側からの人権侵害に関する体系的な「行政の慣習」はないとみなしている。

さらに裁判所は、ウクライナ側は、ロシア連邦によるクリミアにおけるウクライナ軍資産の国有化に関して然るべき証拠を提出していないとみなしている。欧州人権裁判所の発表文には、「証拠提出基準の要件に従い、これらの要求は受け入れられないものとして棄却された」と書かれている。

つまり、裁判所が認めたのはそれぞれの要求の一部であるのだが、それは国際法でも各国慣習でも全く普通のことである。ウクライナ対ロシア事件提訴の全文への公のアクセスはなく、ウクライナ側の提訴内容がどれだけ審理対象として「受け入れられなかった」のかを比べてみることはできない。しかし、そのような裁判所の判断は決定的なものではなく、今後の裁判審理の全体の方向性やその結果に影響を与えるものではない。

打ち砕かれた「クリミア住民の意志が示された」という神話

被告であるロシアは、間違いなく、本件において様々な抵抗を行うだろう。侵略国ロシアのロジックでは、「クリミアは、公正かつ民主的な住民投票におけるクリミアの住民の自由意志を通じて故郷の地に自発的に戻ってきたロシアの一地域」なのであり、ロシアにとっては、そのような国家間裁判というものは存在し得ないはずである。しかし、そのロシアが選んだ戦略は、今回欧州人権裁判所による「管轄の受け入れ」という中間的決定をもたらした。

すなわち、権威ある国際裁判所が今回、そのロシアのプロパガンダ神話を打ち砕いだのである。欧州人権裁判所は、ロシアがまず2014年1月にウクライナの同意も許可もなく、クリミアへ追加的に武力を投入し始めたことを分析して、それを今回の決定で確認した。そして、2014年2月27日以降は、クリミア半島にて、ロシアの占領者たちが「効果的な行政コントロール」を確立したことも確認した。これはつまり、クリミアにおける2014年3月16日のいわゆる「住民投票」なるものは、ロシアの占領下、占領政権とロシア軍の軍事力のコントロール下、特殊部隊の弾圧下で行われたということになる。

プーチンは公の場で犯罪を告白している

欧州人権裁判所にとって、クリミアにおけるロシアの行政・軍事のコントロールの開始の日付、事実を確立するのに、説得力があり、信頼のおける情報源となったのは、ロシア連邦大統領であるプーチンの告白そのものであった

今回発表された文書には、「裁判所は、プーチン大統領の協議し得ない声明に特別な注意を向けた。最初の声明は、2014年2月22日夜から23日にかけての治安機関トップとの会議の際に行われたものであり、その際彼は、『クリミアをロシア連邦へ戻す仕事を始める』決定を下したと述べている。二つの目の声明は、2014年4月17日のテレビインタビューの際のものであり、彼は、明確に、ロシアが『ウクライナ軍軍部隊と法執行機関を武装解除させた』、また『ロシア軍人がクリミアの自警団勢力を支持した』と認めている」と書かれているのだ。

なお、ロシアは、欧州人権裁判所の判決が、ロシア憲法に反する場合にはその判決を履行しないと宣言している。つまり、ロシア連邦では、憲法レベルで、国際法より国内法の方が優位(最高位)と認められているのである。これもまた、ロシアによる自らの国際義務に対する不敬、多くの国際機関の憲章や活動原則への違反を示すものであり、それは何より、欧州人権裁判所が担う欧州の人権保護条約システムに反するものである。

あまつさえ、欧州人権裁判所における国家間裁判での度重なる敗訴に苛立ったのか、ロシアでは、ロシア版「人権裁判所」設立のアイデアも推進されている。それを主導しているのは、プーチン自身だ。

それはもはや、滑稽劇場であろう…。

賠償金は何兆となるか

ここまで見てきたように、欧州人権裁判所は、ウクライナ領の一部の占領開始の事実を司法の面で確認したのである。そしてそれは、政治的な宣言ではない。それは、少なくとも欧州評議会に加盟する47か国と国際機関が管轄権を認める、国際裁判所の決定なのだ。ウクライナは、今後は、領土一体性と主権の回復、侵略国を政治・司法・賠償・倫理を罰する闘いにおいて、この司法面の事実を効果的に利用することができる。

今回の決定で、裁判所は、本件の内容面の審理に移行した。それは最終段階であり、欧州人権条約による人権保護に関する要求において、ロシアのクリミアにおける人権侵害の数多くの事例が裁判上の手続で確立され、認められなければならない。ウクライナ側は、裁判所にそのような事例を示す証拠を提出してきた。その証拠とは、約50の証言や、文書、写真、動画からなる、数百メガバイトの情報である。

ウクライナ政府は、裁判所に対して、クリミアでの人権侵害とロシアのクリミア占領についての追加の証拠を提出する準備と義務があると発表した。2014年以降、このような証拠は大量に集められている。

また、現段階で、ウクライナ側は、占領国によりこうむった被害総額を確定し、裁判所に対して報告しなければならない。現在、確実な数字は公開されていない。2014年、当時のパウロ・ペテロンコ司法相は、「資産運用権の制限」で1兆1800億フリヴニャ(編集注:約4兆3000億円)となると発言していた。

重ねられていく法的行動

ロシアがクリミアとドンバスでウクライナを侵略したとの事実は、国連、欧州連合(EU)、北大西洋条約機構(NATO)、欧州評議会、欧州安全保障協力機構(OSCE)、各議員総会の多くの国際法上の文書や各国政府のレベルで認められてきた。これらの文書がウクライナを支持する上での大きな政治的シグナルとなっているのは確かだ。しかしながら、これらの全ての文書が、戦争犯罪、テロ支援、人権侵害、ウクライナ国民への弾圧、ウクライナ領の植民地化、といったロシアがウクライナに対して犯した国際法違反の行動への直接的な国際法的責任を保障することができるわけではない。

それに対して、今回の欧州人権裁判所のクリミア関連の決定は、たとえそれが中間的なものであっても、司法分野において、大きな政治的・司法的ファクターとなるものなのである。ドミトロー・クレーバ・ウクライナ外相は、本件は、ウクライナの国益防衛、ロシアの侵略・占領への対抗となる行動なのだと指摘している。


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