フレドリクス夫婦 MH17便撃墜で息子を亡くした二人

私たちの未来はない。それはMH17とともに打ち砕かれてしまった

シレナとロブのフレドリクス夫婦の家の中には、あちこちに若い、笑顔のカップルの写真が飾ってある。写真には、彼らの23歳の息子ブライスと、その恋人のデイジーが写っている。この二人は、2014年7月17日に亡くなった。ロシアの地対空ミサイル「ブーク」がドンバス上空にて、アムステルダムからクアラルンプールへ向かっていたマレーシア航空MH17便を撃墜したのだ。その事件では、283名の乗客(内、196名がオランダ国民)と15名の乗員が亡くなっている。国際捜査チームは、MH17便を撃墜した地対空ミサイル「ブーク」はロシアのクルスクを拠点とするロシア軍第53対空ミサイル旅団に属するものであると結論付けている。他方、ロシアは、自らの撃墜への関与を否定し続けている。

2020年3月9日、ハーグ区裁判所が4名の容疑者(3名のロシア国民と1名のウクライナ国民)に関する刑事案件の審理を開始した。容疑者の一人である露軍参謀本部情報総局(GRU)特殊任務部隊所属のオレグ・プラートフ中将の弁護は、オランダの弁護士2名が行っている。公判の続く裁判コンプレクス「スキポール」は、ハーグから50キロ離れた場所に位置する。

また、オランダは、本年7月、MH17撃墜事件につき別途、欧州人権裁判所にロシアを提訴した。

フレドリクス夫婦は、過去数年間、いつか事件の真相を聞けることを願って暮らしてきたという。真相、つまり、誰が、なぜ、息子を殺したのか、である。事件までの過去2年間、息子のブライスと恋人のデイジーは、フレドリクス夫婦と一緒に暮らしていた。若いカップルの部屋は、事件当日の姿のまま残されている。飲み干されていない飲み物、食べ切られていないポテトチップスもそのままだ。二人の生活は、あたかもその時に止まったかのようであり、夫婦は今も、二人の帰りを待っているかのようである…。

フレドリクス夫婦は、事件発生から6年経過を前に、ウクルインフォルムのインタビューを受けてくれた。二人は、裁判への期待、事件後の生活について話してくれた。シレナ氏は、亡くなった二人を忘れないために腕に掘った、二人の名前のタトゥーを見せてくれた。


機内から送られた写真と左腕のタトゥー

シレナさん、あなたは首に、BとDの文字のネックレスをしていますね…。

シレナ:ええ、ブライスとデイジーです。

あなたの息子、ブライスさんと恋人のデイジーさんは、この建物にあなた方と一緒に暮らしていたのですか。

シレナ:彼らは3年間付き合っていました。デイジーは過去2年間、私たちと暮らしました。二人は、長期休暇の後に別の家を見つけたいと考えていました。

彼らが亡くなったことはどのように知ったのですか。

シレナ:私の夫のところに電話があり、事件について連絡がありました。私はバーベキューに行っていました。私へ電話があった時、携帯電話がサイレントモードだったのです。それで、私はその悲劇について最後に知ることになりました。

最初はどのように受け止めましたか。 事件を実感できましたか。 二人が飛行機に乗り遅れたのではないか、などという希望はありましたか。

シレナ:私は、同僚に、事件の真偽について確認するよう頼みました。彼らは、撃墜されたのはマレーシア航空機だ、と言いました…。その時、私は全て終わったのだとわかったのです…。何の希望も湧きませんでした。希望などありませんでした。夫がどう感じていたのかは知りません。どうだった、ロブ?

ロブ:いいえ、希望はありませんでした。私も同じように感じていました。起きたことを認識しました。

シレナ:ロブは、二人を空港まで見送ったのです。

ロブ:デイジーは、私にこう言いました、「飛行機に乗るのが怖いの」と。私は、「何と。私は何度も飛行機に乗っているよ。怖がる必要なんてない」と答えました。

シレナ:デイジーは、飛行機の離陸前、機内から写真を友人に送っていました。だから、私たちは、二人が飛行機に乗っていたことを知っていましたし、私は、そんな事件では誰も生き延びられないだろうとわかっていました。 親族は、最後の希望で、二人に電話しようとしていましたが、それは無駄なことでした。

ロブ:私は、テレビで事件の様子を見ました。それを見て、あのようなことの後に生き延びるのは不可能だと悟ったのです。

あなた方は、事件後、ブライスさんとデイジーさんの遺品を受け取ることができましたか。

シレナ:ええ。私たちのところには、衣服数着、デイジーのカバン、財布、それから私が彼女にあげたブレスレットがあります。壊れていて、焼け焦げていますが。

事件後のあなた方の生活はどうなりましたか。

シレナ:完全に変わりました。

ロブ:別の人生です。私たちには、未来はありません。MH17が破壊された時に、未来もともに打ち砕かれてしまったのです。

シレナ:それは、心臓の一部が止まったようなものです。もちろん、私たちには他の子たちもいます。私たちは一緒に楽しい時間を過ごしています。でも、常に、空虚さを、誰かが欠けている、誰かを喪失していると感じています。

ロブ:あなたの心の一部を誰かが持ち去っていったかのような感覚です。これはどうやっても変えることはできません。永遠に。

シレナさん、あなたの左腕にはタトゥーがありますね。いつ彫ったのか教えてくれませんか。

シレナ:ここには「ブライスとデイジー」と書かれています。このタトゥーは、私にとってとても多くのことを意味します。時々、とても悲しくなった時、私は、彼らの名前の掘られた腕を胸に押し当てるのです。彼らをそばに感じられるように。

いつ彫ったのですか。

シレナ:事件から3年後です。

二人の遺体の破片に触れること

あれから6年が経ちました。子供たちの部屋はどうなっていますか。

シレナ:見てもいいですよ。あの時のままです、ほとんど全部。服、彼らが寝ていたベッド、事件現場から戻ってきたデイジーのカバン。子供たちは焼けてしまったのに、カバンはまるで新品のようです…。

返還された遺体は見ましたか。

シレナ:それはハートの形をした小さな棺でした。小さな子供を埋葬する時に、通常そのような棺を使います。ブライスとデイジーの遺体は全てそれに入っていました。彼らの遺体は、ほとんど残っていなかったのです。私たちは、彼らの遺体の破片を目にしました。それは、私たちにとって非常に重要なことでした。私は、子供たちの遺体に触れたかった。それが私にできた最後のことです。非常に辛かったけれど、私は触れました。

この部屋は、まるで時間が止まっているかのようです…。

シレナ:この部屋は、彼らが出発した時のままです。その日が凝固し、時間が止まったのです…。ゴミも捨てていません。捨てることができないのです。ここにある全ての物が、ブライスとデイジーのことを思い出させます。ここは、今でも彼らの部屋だし、時々、彼らが戻ってくるのじゃないかと思えてなりません。そして、私はこう言うのです、「戻りたくなったら、戻っておいでよ」と。ここにある全てが、あの日、彼らが旅立った日のまま残っています。ここは今でも「あなたたち」の部屋です。

真実を知る

2020年3月9日、裁判コンプレクス「スキポール」にて、MH17事件の公判が始まりました。4名の容疑者の内、1人もオランダの裁判に出廷していません。オランダの弁護士は、裁判に関わるつもりだと述べていたオレグ・プラートフ露軍参謀本部情報総局(GRU)中将を弁護しています。あなた方は、検察が提示した文書、写真、動画、そしてプラートフ氏の弁護主張をどう考えていますか。

シレナ:私たちは、国際共同捜査チーム(JIT)を完全に信頼しています。彼らが提示するものは全て真実です。私はその点には確信がありますし、一切の疑念を抱いていません。事件に関する別の主張(編集注:ロシア側主張)も見てみました…。私たちは、たとえロシアが自らの事件への関与を否定し、ウクライナに罪があると主張したところで、そのようなことはあり得ないと確信しています。私たちは、それが嘘だと知っています。プラートフの弁護士は、プラートフが選んだのではなく、ロシアからの人物です。私はそれを確信しています。ロシアは、情報をコントロールしたがっており、プロセスに影響を行使する機会を得たがっているのです。

あなたは、この悲劇に罪があるのは誰だと思っていますか。

シレナ:多くの人ですが、最大の人物は、プーチンです。

ロブ:プーチンです。彼は全てを知っていました。武器を持った人々は、彼の命令を履行しているのです。

シレナ:彼があの状況を作り出したのです。

ロブ:ロシアには「私たちがそれを行った」と告白することはできないと思います。なぜなら、彼らが「申し訳ない」と言えば、世界は、彼らがウクライナにいたことを知ることになります。クリミアの状況についてもそうです。それは(ロシアにとって)問題なのでしょう…。

あなた方は、この悲劇におけるウクライナの役割についてどう思っていますか。

ロブ:ウクライナは、上空を閉鎖しませんでした。しかし、ウクライナには、他の人々がMH17を撃墜したことについての罪はありません。それは二つの異なる別の事です。

シレナ:ウクライナは、上空を閉鎖すべきだった。しかし、他方で、ロシアは、上空が閉鎖されていないこと、旅客機が飛んでいることを知っていた。だから、兵器を使う場合は、非常に注意深くあるべきでした。

ロブ:彼らは旅客機がそこを飛んでいることを知っていたはずです。ところで、現在ウクライナの状況はどうなっていますか? 今も戦争が続いていますか?

続いています。

シレナ:何たること…。

もう一つの訴訟については、どう思っていますか。オランダは、欧州人権裁判所にてロシアを提訴しました。

シレナ:私たちの国がロシアを相手に提訴したことは、非常に良いことだと思っています。私たち遺族にとって、それはサポートです。その行動は、私たちをより強くします。私たちにとって重要なのは、なぜそれが起きえたのか、誰がそれを行ったのか、どのように彼らは発射を決定したのか、という真実を知ることです。私たちは、事件に関与した人々が罰せられるよう、真実が知りたいのです。それが、唯一、私たちの望んでいることです。

スキポール裁判コンプレクスにおける公判第2部では、多くの情報、悲劇の詳細が読み上げられ、遺族の方々は聞くのが大変だったと思います。公開された情報の中で、最もあなた方の印象に残ったものは何でしたか。

シレナ:私たちが、「ブーク」がどのように作動するのかを見て、それが起きたのかを認識した時です…(編集注:撃墜再現動画)。私たちの子どもは何も感じなかったのだと思います。それは一瞬でした。あのような強烈な爆発だと、全てが一瞬にしか起こり得ません…。私は、彼らが苦しんではいなかったのだと期待しています。それは、あたかも私が起きたこと全てを自分の目で見たようでした。

現在、4名の容疑者の公判が続いています。

ロブ:ええ。しかし、関与した人物はもっとたくさんいて、ロシア連邦の首脳陣の中にもいます。

ウクライナの首脳陣には、あなた方は何を述べたいですか。

シレナ:私たちが真実を知れるよう、協力してください。どのようにそれが起きたのか、私たちが知れるよう、可能なことを全て行ってください。

プーチン氏が目の前に現れたら、どうしますか。

シレナ:私がプーチンに頼めることは一つ、正直であることです。もう誰もが罪人が誰であるかを知っています。だから、責任を認めてください! 人間らしくしてください。

ウクライナへは行きたいですか。

シレナ:はい。可能になれば、できるだけ早く…。私たちが駐オランダ・ウクライナ大使と会った時、大使は事件現場へ行けるよう支援すると約束しました。私たちにとって、子供たちの亡くなった場所を訪れるのは、とても大切なことです。

イリーナ・ドラボク、ハーグ

写真:ソフィヤ・ショヴィコヴァ